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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年12月

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2016.12.19 月曜日 サキの日記

 ヨギナミに、明日一緒に研究所に行こうって言ってみた。火曜はバイトが休みだと聞いていたからだ。

 しかし、悲劇は起きた。


 ちょうどいい!僕も久方さんに会って本の話をしたいと思っていたのだよ。

 彼の行動と古典文学の類似性について──。


 お前は来んな!!


 私は叫んだ。教室のみんなは笑っていた。しかし、第1グループも明日一緒に研究所に来ることになってしまった。

 神様、なぜですか?なぜこうなるのですか?

 所長からは『猫達の写真をレティシアに送った』とか言ってきた。それ、私に言ってどうするんだ。所長も何考えてるのかよくわからない。

 私は、ヨギナミに、

 所長と仲良くなってほしかったのだ。

 橋本ではなく。

 あくまであの体の本体は所長だということをわかってもらいたいのだ。

 なのになんで杉浦がついてくるんだ!?


 所長に会うの久しぶりだな〜。

 お菓子持ってくね。マンボーで調達してくる!


 佐加はさっそく、パチンコのおじさんに景品をたかりに行った。今日、ヨギナミと2人で帰ってきたんだけど、『今日晴れてるねえ』『日差しが暖かいね』くらいしか話せなかった。平岸家に着いてすぐ、ヨギナミは平岸パパの車でバイトに行ってしまった。

 あかねは部屋にこもって何か描いているらしい。

 内容は知りたくない。

 私は所長に『明日友達連れてそっちへ行く』と連絡してから、散歩に出かけた。町の方向とは反対に歩いていくと『トマトばあちゃん』と呼ばれている人の畑が見える。その名のとおりトマトを育てているのだけど、冬はひっそりとしていて、家にも人のいる気配がしない。中で死んでないか心配なほど。そこから少し歩くと、また家が数件あって、その向こうは牧草地。ほとんど草原だ。

 今は何もかもが眠っているように見える。自然の気配とか、漂っている空気すらも。人も車もほとんど通らなくて静かすぎるからかもしれない。ちょっと怖くなってきたので、ヘッドホンをして米津玄師を聴きながら道を引き返した。いつもと違う方向から見た平岸家は、知らない人の家みたいに見えた。私は、そこが知っている家だということを確認したいというだけのために中に入った。暖かい空気を玄関で受け止めたら、少し安心した。

 テレビの間でボーッとしていたら、平岸ママが『試しに作ってみたんだけど』と言って、めっちゃ小さくてかわいいブッシュ・ド・ノエルを持ってきた。大きさが寿司くらいで、小さなキラキラした砂糖の飾りやチョコの葉がついている。味もおいしい。コーヒーに合う。思ったことを口にしてたら平岸ママはたいそう喜び、24日に大量生産することが決まった。また作り過ぎを配ることになりそうだ。研究所に持っていったら、そこにはレティシアという人もいるのだろうか。

 せっかくケーキで気分を上げたのにまた落ちてしまいそうだったので、部屋に戻って英語の教科書を読んで、BBCのラーニング・イングリッシュをいくつか聴いた。それから、明日どうしようか(主に杉浦を!)考え込んでたらあかねにドアを蹴られた。


 夕食のとき、今日は暖かかったよねとみんなで話してたら、カッパが一人で、


 え〜!?今日寒かったっすよ。みんな強すぎだって!


 と叫んでいた。お前が寒さに弱いだけだろうと思ったけど言わなかった。最近あまり調子がよくなさそうだったので。学校でも『高谷、元気ないね』と言ってる人が3人くらいいた。一見明るいんだけど、口数が少なくてノリが悪いからだ。明日研究所行くって話しても『ふ〜ん……』って感じ。いつもなら『俺も行っていい?』とか言いそうなのに。

 ヨギナミと私は皿洗いを手伝ってから部屋に戻った。ヨギナミは『高慢と偏見』を読んでいるが、人々の会話が難しすぎてよくわからないと言っていた。私はあの小説、『上の2人の娘だけがまともで、あとはバカ』みたいな描かれ方をしてるのが気になると言った。なぜかというと、真ん中のメアリ(って名前だったと思うけど違うかも)が一番まともで、自分に似てる気がしたのに、扱いが軽かったからだ。本が好きで真面目で理屈っぽくて、絶対に結婚なんかしそうにないメアリ。

 私には兄弟姉妹がいないので、家族の中で優劣をつけられるというのがどういうことかよくわからない。でもなんだか、この扱いの差は嫌だと思った。主人公の恋なんてどうでもいいとすら思った。

 杉浦にこの話は絶対にやめておこう。また『古典文学の重要性』とかを長々と語られるに決まってるから。佐加は橋本の味方だし、藤木は──何しに来るんだろ?ただのグループの付き合いかな。あの杉浦や佐加と上手くやってるって、それだけでもすさまじい忍耐力を発揮してる。目立たないけどすごい奴なんだと思う。クラスのみんな、揃って藤木を褒めてるし。




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