2016.12.18 日曜日 サキの日記
朝起きたら、バカからのおはピョンの海に混じって、母から、
近いうちに新橋と札幌に行って、
思い出の場所を回るの。
という話が来ていた。自分を見つめ直す旅だろうか。でも母が昔を思い出して感情を大爆発させたら、あのバカに対処できるのだろうか。相手は普通の大人じゃない。40代の娘だ。まあ、長年の付き合いだからケンカしつつなんとかするのかもしれないけど。
心配しなくてもいいと思うけど。
久々に奈々子登場。しかし、私が黒猫の杖をつかんだとたん消えてしまった。今のはなんだったんだろう。うっかり出てきちゃったとか?
ファンにからまれて大変かもよ。
あのドラマ、カルト的な人気があるから。
あたしも一緒に行きたいくらいだわ。
いいネタになるもの。
朝食のときあかねがそう言った。ヨギナミはずっと黙っていて、なぜかいつもはうるさい修平がなにも言ってこない。食べ終わってすぐ帰ってしまった。ヨギナミも、平岸ママが食器洗うの手伝ってからすぐ出ていった。私はなんとなく部屋に戻りたくなくて、コーヒーを飲みながらスマホで古本探しをしていた。それから、カフェに行って文章を書く練習をしようと思った。
外に出ようとしたら平岸パパがちょうど出かける所で、車で送ってもらった。今日は急に気温上がって道が悪くなるかもしれないとか言ってた。高条がいたら嫌だなと思ったけど、いなかった。松井マスターによると、札幌の岩保さんの所に行ったのではないかとのこと。最近よく行くらしい。邪魔な人がいないのでカフェを見回しながら何を書こうか考えていたら、奈良のとっつぁんが店に入ってきた。私の近くの席に座り、
お嬢ちゃん、男はな、まず3回酒に酔わすんだぞ。
一度や二度ならいい人のフリができるけどな、
三度酔っ払ったら本性が出るってもんよ。
とかいう話をして、松井マスターにパチンコの話をしてから出ていった。
その後、近所のおばちゃん2人に声をかけられた。平岸ママのフラワーアレンジ教室にいた人達だった。来年、駅の近くにチョコレートの店ができるという噂があるそうだ。確かに、駅のすぐ横で工事をしていたけど。おばさん達は『チョコレートもいいけど、服を売る店がほしい』と言っていた。今何が流行ってるのか聞かれたけど、服に興味がないので上手く答えられなかった。
2人は去り際『また教室に来たら?』と言っていた。後で平岸ママに聞いたら、ちょうどクリスマスリースの会が終わってしまった所で、次は年末の老人施設のボランティアだそうだ。一緒に来てもいい。できれば奈美ちゃんも誘ってみてと言われた。夕食の時ヨギナミに聞いたらOKだった。あかねは『そんなことしても何もいいことないわよ』と冷たく言い放った。
松井マスターは私に孫のことをいろいろ尋ねた。なんとなくだけど、仲良くしてくれればいいなと思われているような気がする。あまり期待をもたせるようなことはしない方がいいかなと思った。高条は悪い奴じゃないけど変な奴だし、動画勝手に撮るし、私はなんとも思ってないし。
クッキーコーナーにはクリスマスの形がひしめいていた。ツリー、リース、トナカイ、星、ハート、なぜか猫も。トナカイのクッキーがかわいいので一個買って、写真撮ってから食べた。窓辺にはあいかわらずねこが偉そうに丸まってこっちを見ていた。『ここの本当の主は私』とその目は語っていた。それから店の中を描写しようとしたけど上手くいかない。私はモノの配置とか景色より、人の心情の方に興味があるようだ。
帰ろうとしたら店の駐車場にトラックが停まり、けっこう年配の運転手が入ってきた。彼はマスターにコーヒーとカレーを頼むと、
あの坊主、最近見ないけどどうした?
と尋ねた。
別な用事でいそがしいのよ。お付き合いのある人が病気で入院してしまって、お見舞いに通っているみたいなの。
と松井マスターが答えたので、橋本か所長のことじゃないかと思った。
そりゃ大変だな。
実は俺の母親もずっと入院してんだあ。
話題は運転手の家族のことに移った。奥さんがオンラインビジネスに失敗して機嫌が悪くなり、夫婦ゲンカが絶えないとか、フリマアプリのせいで同業者はみんな忙しくて休めないとか、そんな話が聞こえた。
所長の話は出なかった。残念。
そのおじさんがカレーをかきこんで(としか言いようがない食べ方してた)行ってから、私はカフェを出た。平岸パパを呼ぼうかどうかで迷ったけど、歩いてみることにした。気温が急にプラスになったので、ところどころ雪解けでぬかるみや水たまりになっていて、靴を汚さずに歩くのは難しかった。長靴を買おうと思った。天気はきれいな晴れ。このまま冬が終わって春が来てしまえばいいのにと思った。でもまだ12月だ。一番寒いのは2月だと誰かが言っていた。冬はこれからだ。
所長にトナカイのクッキーの写真送ったら、
今日は天気が良かったね。
あさみさんも外に出たがっていた。
と。もうすぐ自分の元カノが来るのに、橋本のあさみさんにかまってる場合なんだろうか。
私はまともな文章が書けなかったので、代わりにコピー用紙に所長と橋本の人物相関図を書き、この話がこれからどうなるか想像していた。でも、あまりいいシナリオが浮かばない。幽霊にはやはりいなくなってもらった方がいい。共存しようとすると生きている者が人生を失う。
でも、どうしたらいいのだろう。
奈々子はどうしたら消えてくれのか。
私は相関図の結城さんと奈々子の間になんて書けばいいかわからず、じっと紙を見つめてしまった。恋人ではない。友達でもない。単なる知り合いでもない。音楽上のライバル?腐れ縁?この見えない空白にはでも何かが確かにあって、私はそのことにイライラする。
奈々子にはいなくなってほしい。
でも、奈々子の事情抜きで、結城さんが私にだけ興味を持ってくれる可能性はどれくらいあるんだろう?所長とまとめてガキ呼ばわりされているのに。
こんなに考えて悩んでやってるのに、当の奈々子は今日も姿を見せない(さっきちらっと出てきたけど)。修平がたまに夜中に会うって言ってるからいなくなったわけではないだろう。私には話をせず、修平や新道に泣きついてるのかも。それもなんか気に入らない。
年末年始に母が来る。進路も不明確。ただでさえ大変なのになんで幽霊なんかに悩まされなきゃいけないんだろう。
初島は残酷すぎる。
でも、なんであんな人になったんだろう。
あの人のことは考えないで。
恐ろしくなるから。
声だけが聞こえた。部屋を見回したけど誰もいない。その、声だけで自己主張するやり方の方がずっと恐ろしいんだけどと言いたい。
早めに寝ることにする。でもたぶん眠れない。




