2016.12.17 1979年
晴れた日の空き地。菅谷が起こした焚き火のまわりで、新道と橋本がぼんやりと炎を見つめていた。土地の持ち主には許可を取ってあった。近所の人とは(主に新道のせいで)すっかり顔なじみになっていたが、老年の住人の中にはまだ、髪の色だけで橋本を毛嫌いする人が多くいた。女の子たちは食べ物を買いに行った。
「せっかくすごい力を持っているのに、使うとこがないよね俺たち」
菅谷が言いながら枝を火の中に放った。
「悪い奴を戦って倒すとかやってみたいけど、学校には中途半端な奴しかいない。惰性で生きてるような奴らばっかりだ」
「そんなことはないと思うけどな」
新道がつぶやいた。橋本はずっと黙っている。
「出るとこに出れば俺たちはヒーローになれるんだぞ?」
菅谷はさっきからこの考えに取りつかれているようだ。
「ソ連の悪い奴らと戦って倒すんだ」
「それん……」
「お前、ソ連が何か知らないだろ」
橋本が言った。
「共産主義とか赤狩りとか、聞いたことないか?」
新道は下を向いて黙ってしまった。
「ソ連を知らない?普通に生きてりゃニュースで見るだろ」
菅谷が言うと、
「テレビ持ってない」
新道が言った。
「うちにもない。親父が嫌ってるからな」
橋本も言った。菅谷は2人を交互に見て呆れた。
「ニュースで見たくらいでわかったつもりになってるお前もおかしいんだよ」
「お前だって本で読んだ知識だけで偉そうなこと言ってるだろう」
「ケンカはやめてくれない?」
新道が言った。他の2人は一度黙った。煙を見て近所の人が様子を見に来たのか、チラチラとこちらを見ていた。橋本は自分が見られていると気づいていた。
何?あの赤い髪は?
不良?気でも違ったの?
そういう目だ。
「ナホちゃん達遅いなあ。俺腹減った」
新道がのんきに道の方を見た。近所の人が気づいて手を振り、新道も笑顔で振り返した。
こいつは誰にでも好かれる。
橋本はその様子を冷ややかに見ていた。
「中心部まで行っちゃったのかもしれないな」
菅谷が言った。
「どうせ初島にそそのかされて余計な店も見て回ってんだろ」
橋本が言った。
「いかにもあいつがやりそうなことだ」
「前から気になってたんだが」
菅谷が尋ねた。
「お前と初島はどういう知り合い?」
「店の客だよ。小さい頃から店によく来てる」
「それで?」
「それでって……それだけだろ」
「初島、他の人とはあまり話さないけど、橋本にはよくしゃべるよね」
新道が言った。
「そんなことはないだろ。根岸とはよくしゃべってるだろ。女子とか」
「根岸さんもよく店に来てたのか?」
菅谷が尋ねた。
「いや、来るようになったのは最近だ」
橋本がそう答えると、菅谷は安心したような様子を見せた。だがすぐに表情がけわしくなった。
「あいつ、どこか変じゃないか?」
「誰が?初島が?」
「お前、何も感じないか?」
菅谷が今度は新道に尋ねた。新道は肩をすくめた。
「時々俺にはよくわからないことを言うよ」
「あいつ嘘つきなんだよ」
橋本がはっきり言った。
「昔から作り話ばっかりしてて、本当のことなんかめったに言わねえよ」
「そうなのか?」
菅谷が言った。
「そうだよ。だから真に受けるなって新道には何度も言ってんのに聞かねえのこいつ」
「何か意味があるような気がするんだ」
新道が下を向いて言った。
「何言ってるかわかんねえのに意味もクソもあるか」
橋本はイライラし始めているようだった。菅谷が道の向こうを見ると、近所のおじさんがこちらを見てけげんな顔をしていた。邪魔だなと思った。しかし人を燃やすわけにはいかない。
力を持っているのに使えない。
これほどイライラすることはない。
「シンちゃ〜ん!」
かわいらしい声がした。道にナホと初島が現れた。菜穂はおやきの入った袋をかかげて笑っていた。初島も隣でにやけていた。
食べ物を見てわかりやすく喜んだ新道を橋本がバカにし、菅谷は冷静を装って菜穂からおやきを受け取った。火を囲んで5人で、学校や本のどうでもいい話をした。
新道と菜穂は時々目を合わせてお互いに微笑みかけていた。それを見た他3人は、それぞれに複雑な感情を抱いていた。うらやましいような、どうにも微笑ましくてたまらないような──。




