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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年12月

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2016.12.16 金曜日 サキの日記

 朝5時。今朝はかなり寒くなっていて、マイナス10度にいくのではないかと昨日平岸ママが言っていた。でも部屋はストーブで暖かい。ただし、トイレとかキッチンのすみっこあたりにはすごい冷気が漂っている。

 今日外出たくないなと思ったけど、まず朝ごはんを食べに平岸家に行かなきゃいけない。ちょっと外歩いただけで震え上がる。平岸家まで走る。平岸パパが眠そうな顔でトーストを焼いていた。今日は平岸ママが病院に行っていていない。ついでに言うとヨギナミもいなかった。明け方近くに急に呼ばれて行ったらしい。心配。

 あかねはあいかわらず何も言わないけど、いつもよりは機嫌がよさそうで、母親がいないのをいいことに冷蔵庫からジャムやハムや、食べたいものを勝手にどんどん取り出して並べ、父親に注意されても聞かない。修平は自分のパンとブルーベリージャムを持って逃げてしまった。私もいちごジャムとハムとバターを取ってテレビの間に行った。あかねと平岸パパが何か言い合っているのがかすかに聞こえた。修平はニュースをじっと見ていて、私には話しかけてこなかった。珍しい。いつもなら何かウザいことを必ず言ってくるのに。


 かなり着込んだけど、やっぱり学校までの道は寒かった。『今日寒いねー』があいさつとして飛び交う。教室も冷えていた。ヒーターつけるのが遅かったせいで2時間目くらいまで寒くて、授業をあまり聞いていなかった。

 昼休みに雪が降りだして、『ひどくならないといいんだけど』と伊藤ちゃんがつぶやいた。帰る時間になっても雪はやまなかった。寒いから早く帰りたいのに視界も悪いし、風も吹いてきたし、足元もガタガタでなかなか進めない。アパートではなく平岸家に入り、ストーブの前を占領した。それくらい寒かった。平岸ママが、ハニージンジャーと紅茶を出してくれた。昼頃に帰ってきたらしい。ヨギナミのお母さんのことを聞いたら、


 それがねえ。大したことなかったのよ。

 夜中に急に娘に腹が立って説教したくなったとかで。

 それがまあ〜!

 昔作ってもらったおかずがまずかったとか、

 どうでもいいことばっかり!

 奈美ちゃんがかわいそうじゃない。

 病気で弱ってわがままになってるんでしょうけど、

 私もさすがに言いましたよ。

『いいかげんにしなさい!』と。


 ヨギナミかわいそう。今日は放っといてあげようと思ったら、佐加が平岸家に来てしまったので、一緒にヨギナミの部屋に行った。ヨギナミは『高慢と偏見』の下巻を読んでいた。佐加はなぜか、VOGUEをふろしきに包んで持ってきていた。雑誌よりそのふろしきが気になって聞いてみたら、リサイクルで見つけた着物用品だと言う。

 佐加に着物用品。

 合うような合わないような。

 VOGUEのプリンセス特集を見ていた。プリンセスと言ってもセレブなので、自分の収入があって自立しているお姫様だけど。ヨギナミは佐加に話を合わせて記事を見てたけど、本当はそれどころじゃないんじゃないかなと思った。うちの妙子も思い出した。あの人もたまに変なこと言って私やバカを困らせるから。

 佐加はヨギナミの母親の話を一切出さず、自分がフォローしているモデルやセレブの画像を熱心に解説していた。見慣れすぎて、パッと見ですぐどこのブランドの服かわかるとまで言っていた。それ、本当に合ってるのかな。

 あかねはヨギナミの部屋に来ない。不思議ではないけど、やっぱり何か変だなと思う。佐加にそのへんどう思うか聞きたかったんだけど、今日も夕食まで平岸家にいて、近くに常にヨギナミとか別な人がいたので、聞けなかった。後でLINEで聞こうと思ってたんだけど、いざ送ろうとすると勇気が出なかった。

 所長に、何か変わったことがなかったか聞いてみた。


 病院に行ったら平岸の奥さんとヨギナミがいた。

 あさみさんは具合が悪くて話せないみたいで、

 橋本は心配していたよ。


 あれ?

 ヨギナミにはさんざん悪口言ってたらしいですよ?


 平岸ママに聞いた話を一応伝えておいた。なんだか、みんながヨギナミのお母さんに振り回されているように見えるけど、気のせいだろうか。

 2学期もあと1週間で終わる。冬休みだ。新年だ。今年ももうすぐ終わる。

 今年はとんでもない年だった。

 秋倉に来て、いろんなことがわかって、

 幽霊に取りつかれていて。

 思い出して奈々子を呼んでみた。出てこない。最近『音楽を聴きたい』とも言ってこない。記憶の断片が時々夢で見えるだけ。所長の家を見つけた。修二の彼女(後の奥さん)が妊娠していた。結城さんとケンカした。その後何が起きた?わかっているのは、奈々子が殺されたことだけ。

 たぶん、所長を助けようとして失敗したんだろう。だけど、そこを詳しく聞こうとしたらまた泣かれそうだ。


 夜9時。部屋は静かだ。時々修平の部屋から動いてる音がする。隣がヨギナミだったらよかったのに。普通、学生寮って男女分けないか?あかねの話だと、昔は男女アパートそれぞれ一軒で分けていたけど、今は人数少ないから管理の関係で一つのアパートしか開けてないそうだ。何か起きたらどうする気なんだ。たぶん、カッパは悪いことをするタイプではなさそうだけど。

 外の景色が恐ろしく暗い。近くには平岸家以外に電気がついている所がないから、怖いくらいの闇が目の前にある。向こうには山や町があるはずだけど、今は全く見えない。田舎の夜。人のいない夜。眺めていたら引き込まれそうになった。慌ててカーテンを閉めた。窓の近くは寒くてくしゃみが出た。

 今日は早めに寝よう。







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