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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年12月

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2016.12.14 水曜日 サキの日記

 今日は文章を書く練習をする。まず部屋からだ。ストーブにタイマーがついているので、目を覚ます頃には部屋は暖まっている。今は5時17分。外は暗い。部屋は静かだ。机の上には猫のアクセサリーホルダーとペン立てがある。カントクの教えで国語辞典も置いてるけどほとんど触ってなくて、ほこりが積もっていたから今拭いた。

 部屋は散らかっている。ネットで衝動買いした本やコスメや、置き場所がよくわからない服や小物が。今少し片づけた。

 5時55分。あれ?30分以上かけてこれしか書けてない?

 修平の方から物音がする。起きたらしい。今日は音楽の授業がある。奈々子が出てこないことを祈ろう。でも、出てきて何か教えてほしい気もする。正反対の感情が揺れ動いている。

 部屋のことを書くんだった。カーテンは薄いピンク色で少しグレーがかっているようにも見える。レースのカーテンには天使の羽みたいな模様が入っている。床はフローリングで、ところどころ小さなへこみやはがれがあり、前の住人の名残りを感じる。壁も白いけどよく見ると少し黄ばんでいる。誰か内緒でタバコでも吸ったのか。

 トイレとバスルームは別。トイレが狭くて、私はよく手や頭をぶつける。生理用品を置く棚の位置が高くて使いにくいので、私は床に置いてしまっている。たぶんヨギナミは、こんな行儀悪いことはしないだろう。

 お腹すいたので6時すぎに平岸家に向かう。一度アパートの外に出なくてはいけない。空は曇っていて、空気は冷たく冴え渡っている。寒い朝は身が引き締まるとかうちのバカ、つまり父がよく言うが、それよりダイエットしろと言いたい。

 いや、今は平岸家の話だった。道は平岸パパが除雪していて歩きやすくなっている。玄関の引き戸を開けると、暖かいもわっとした空気の塊に迎えられる。焼き魚の匂いがする。平岸ママにあいさつをして席につくと、すぐにごはん、みそ汁、サバなどが出てくる。白菜の漬物もあった。脂がのっている焼きサバを味わっていたら、修平とヨギナミが一緒に来た。ヨギナミが、


 寝坊しました。すみません。


 と言ったことにみんな驚き、


 そんなこと言う必要ないのよ。


 と平岸ママが言った。どうもヨギナミは、お世話になっているから早く起きて手伝わなきゃいけないと思い込んでいるらしい。私は悲しくなってきた。ヨギナミも悲しいし、そんな発想が全くなかった自分にも悲しみを覚える。

 カッパは、


 俺達はただ座って飯食ってりゃいいんだって。


 とか言った。お前はもっと手伝えと言いたい。男子ってみんなこうなんだろうか。高条はどうだろう?カフェの身のこなしを見てると、カッパよりは手伝いそうな気がする。

 いや、高条なんかどうでもいい。今日は描写の日だ。平岸家の食卓テーブルはいい感じに茶色の、ところどころに傷のある大きなもので、10人は余裕で座れるくらい大きい。でもその半分はもう使われてなくて、向こう側には大きな花瓶が置かれ、平岸ママが趣味のフラワーアレンジメントをしている。クリスマスが近いせいか、窓の前にはポインセチアも置かれている。クリスマスツリーは部屋の一角を堂々と占拠している。昔の住人の写真が近くにあるので、そのあたりだけ切り取って見ると、どこかの施設のイベント写真みたいに見えてしまう。ここは子供を保護する所なんだなあと思う。

 風景描写したいのにどうしても考え事に脱線してしまう。続きは帰ってから書こう。



 今帰ってきた。今日は音楽の授業があった。今野先生はあいかわらずで、なぜか私達はマイケル・ジャクソンの『This is it』を見せられ、先生はその間堂々と将棋盤を広げ、雑誌を見ながら打っていた。この人が給料もらってるのおかしいと思う。生徒にDVD見せて自分は好きな本読んで給料もらえるなら、その仕事私がやる。そう思ったあと、自分の定まってない進路のことを考えて、画面は上の空。杉浦はめっちゃ感動したらしく、みんなでマイケルの曲を聴こうとか言って今日一日ウザかった。

 私の風景描写はどこに行ったんだ!?

 学校までの道はほぼ直線の一本道で、その両側は草原。今は雪で真っ白。向こうに林や山、少しだけ家が見える。基本、なんにもない。所長だったらもっと木とか草とかいろんなことに気づくんだろうなと思う。私は雑念が多すぎて、まわりを上手く見れていないみたいだ。今、音楽室に何があったか思い出そうとしてるんだけど、ピアノと、古くて大きいオーディオプレーヤー(正式名称がわからない)と、机と椅子と、壁にかかっているめっちゃでかい(1メートルくらいありそう)ベートーベンの肖像。なんでこんなにデカいんだって前にカッパがバカみたいにはしゃいでた記憶がある。それくらいか。

 私本当に、何も見えていないな。

 授業中なぜかイライラしているように見えたらしく、保坂がそっと近づいてきて、


 あのさあ、新橋、

 アンガーマネジメントって知ってる?


 と言われた。ムカつくので無視してたら、図書室に行ったとき伊藤ちゃんにその手の本をドヤ顔で渡された。ぶん投げたい衝動を抑えながら一応受け取ったけどたぶん読まない。

 帰り道、所長の所に行こうか、林の道の前で迷ったけど、今日は気分がよくなかったのでやめた。もっと機嫌のいいときに行って、風景描写の練習をさせてもらおう。

 今日はダメ。全然ダメだ。

 夕食では、あかねがむっつり黙りこみ、平岸夫妻が何を言っても反応しない。ヨギナミもずっと黙っていた。カッパだけが機嫌よく今野先生の悪口を言っていたので、私もうっかりそれに乗ってしまった。なんだか今日はいろんなことが上手くいかない。今もBBC聴いてたけど、全然頭に入らなかった。文章の練習より受験勉強をするべきなんだろうか。でも今日数学やりたくない。








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