表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年12月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

630/1131

2016.12.12 月曜日 サキの日記

 あかねがやっと食事に戻ってきた。でも一言もしゃべらない。昼休みもうちらのところに戻ってはきたけど、佐加とテイラー・スウィフトとかセレブの話ばっかりしてて、ヨギナミを無視しているように見えた。私もどうしていいかわかんなくて気まずい。せっかく夕食に分厚いジューシーなトンカツが出たのに、なんだか食べづらい雰囲気だった。

 所長に雪の間どうしてたか聞いてみた。さすがにあの雪では病院に行けないだろうと思ったら、


 逆だよ。病院に行ったら大雪で帰れなくなって、

 さっきまで受付にいたんだ。

 僕疲れたからこれから寝るよ。


 つまり、雪と橋本のせいで、所長の週末は台無し。

 ムカつく。

 奈々子も出てこない。たまに呼んでやってるのに出てこない。何でだ。結城さんの話をするのが気まずいんだろうか。


 午後晴れたので、高条がグループでカフェに行こうと言ったけど、あかねは無視して帰ってしまった。カッパも『図書室の仕事がある』とか言っていなくなり、なぜか佐加と奈良崎と私でカフェに行くことになってしまった。佐加はヨギナミも連れて行きたかったらしいけど、『バイトがある』と言われていた。


 うちらさ〜こないだホソマユと競歩の会したんだけど、

 あいつ自分で言い出したくせに、

 体力なくてすぐ休憩したがるんだよね〜。

 人がノリノリで歩いてんのに、

 すぐ止められるからめっちゃイライラするさ!


 佐加が体力ありすぎるんだって。


 怒る佐加を奈良崎が笑った。店内はいつもどおり、地元のおっさんが新聞を読み、出窓のクッションにはねこがいて、縄張りを見張る目でこっちをじっと見ていた。クッキーの匂いとコーヒーの香り、時々ドアが開く音。


 なんか今日、ねこの視線怖くない?


 奈良崎が言った。


 あれは俺を警戒してんの。

 動画撮ろうとすると襲ってくるから。


 高条が言った。あいかわらずねこに嫌われているらしい。つきまといすぎるとガチで引っかかれるよと言いながら、クッキーを取りに行き、みんなに一枚ずつくれた。松井マスターは見慣れないおばさんと話していた。口調の気安さから言って地元の人だろうと思った。

 それから話題はヨギナミに移った。奈良崎が親から聞いた話だと、近所のおばさん達はみんな保坂の母親に同情していて、ヨギナミの母親のことをひどく嫌っているらしい。保坂は最近、奈良崎の家と研究所に交互に出入りしているようだ。私はそれがすごく気になった。私が行かない間、保坂は結城さん達と何をしているのか。

 あかねのように妄想を始めてしまいそうだったので、『話題変えない?』と言ったら今度はあかねのことを聞かれた。様子がおかしいのはクラス全員が気づいていたそうだ。私は平岸家で起きたことをなんとなく話したけど、心が研究所に行ってしまったので上の空だった。佐加はあかねとヨギナミの仲が悪くなることを心配していたが、


 無理に突き合わせると、逆にケンカしそうだよね。


 とも言っていた。

 それから話題は、怖い西田の悪口に移り、英語の授業についてさんざん文句を言っていたら平岸パパが迎えに来た。

 私は橋本のことを聞きたかったので、夕食後ヨギナミの部屋を訪ねてみた。ヨギナミは数学の勉強をしていた。バイトで疲れない?と聞いてみたら『いつものことだから』と当たり前のように言った。

 橋本は、2〜3日に一度は病院に来る。でも、ヨギナミとは話をしていないらしい。平岸ママやスギママの方がたぶんよく会っているだろうと言われた。

 大丈夫かな所長。

 ヨギナミにも『所長さんに会った?』と聞かれたので、最近会ってないと正直に答えた。あまり意味のある会話もできず、なんとなくモヤモヤしたまま自分の部屋に戻って、またBBCを聴いたけど、何も頭に入らなかった。

 うちの母から『カウンセリングに行ったら泣いちゃった』というLINEが来た。詳しいことは教えてくれなかった。たまには泣けばいいんじゃないと返事しておいた。正月はこちらに来るとのこと。つまりバカも来るってことだ。応戦の準備をしなくては。

 私は恵まれている。よくわかっている。

 でも、何かが引っかかったままだ。

 それが何かがよくわからない。

 私は平岸家に手厚く保護されているし、学校にも行ってるし、今日は友達とカフェでおしゃべりした。恵まれている。なのに居場所がないような感じがする。

 なぜ?

 やっぱり研究所?

 通いすぎて自分の一部になってしまっているのか?

 そうかもしれないと思うけど、はっきりと確信が持てたりもしない。やっぱりモヤモヤしながら『The Right to Write』を読んでる。これは伊藤ちゃんと話したときに話題になっていた本で、やっぱり『日本語の題名が気に入らない』と言っていた。日本語版の題名は『あなたも作家になろう』になってしまっている。本の内容はどちらかというと『出版するしないにかかわらず、あなたには書く権利があるし、自分のために書くべきだ』なので、日本語の『作家』という、文章で稼いでいる人を連想する題名をつけちゃうと、なんか違うと思う。たぶんこの題の方が売れると思ったんだろうけど、これだと売れる本を書くためのマニュアルみたいじゃないか。

 古いけど本質的なことが書いてあってすごくいい本。文章は自分のために書くもので、人からの批判なんか気にせず、自分が成長するためだけに書いてもいいんだと教えてくれる。

 書くことはそのまま、生きることだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ