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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年12月

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2016.12.11 日曜日 高谷修平

 修平は氷点下の寒さに震えながら、平岸家の朝食に行った。そこには既にヨギナミと早紀がいた。ヨギナミは行儀よく箸を使ってごはんとおかずを少しずつ交互に口に運び、既に食べ終わった早紀は、頬杖をついて体を傾けながらスマホをいじっていた。

 修平は立ち止まって2人を観察した。この2人の姿勢の違いを見ただけで、どう育ったかわかるような気がした。

「何じっと見てんの?キモいんですけど」

 早紀が顔をあげて修平をにらんだ。

「外寒くない?」

 修平はごまかした。

「今日は一日中マイナスだって」

 ヨギナミはそう言ってから味噌汁を飲んだ。その手つきも上品だ。

「真冬日かぁ〜」

 修平はため息混じりにつぶやきながら席についた。

「今日もあかね来ないの?」

 いつのまにか、平岸あかねのことも名前で呼ぶようになっていた。

「まだダメみたい」

 早紀がスマホを見ながら言った。ヨギナミは少し気まずそうな顔をしただけで何も言わなかった。

「今日は一日中猛吹雪だから外出ない方がいいよ」

 早紀が言った。天気予報を見ていたようだ。

「でも私バイトが──」

「休みなって。危ないから」

 早紀がヨギナミに強い口調で言った。

「確かに今日は、アパートからここ来るだけで大変だもんな〜」

 修平が言った。

「あんたは寒がりすぎ」

 早紀が言った。

「だって本当に寒いんだからしょうがないじゃん。マイナス5度とかでしょ今日?」

「これからもっと下がってくよ」

 ヨギナミは静かに言って箸を置くと、食器をていねいに片付けてキッチンに運んでいった。

「なんかヨギナミって動き違わない?」

 修平が言った。

「レストランでバイトしてるからでしょ?」

 なぜか早紀は機嫌が悪そうだ。

「なんで怒ってんの?」

「怒ってません。ちょっと考え中なだけ」

「何を?」

「所長に会いに行こうかどうか」

「今日はやめた方がいいよ」

 修平は言いながら窓の外を見た。外は吹雪で真っ白だ。

「今日は行かないけど」

 早紀はなんとなく遠い目をして言った。

「最近行ってなくて、このまま行かないでいるわけにはいかないような気がする」

「天気よくなったら行けば?」

「でも行っちゃいけないような気もする」

「いけない?何で?」

「みんな私が研究所に行き過ぎだって言うでしょ?あんたも言ってたじゃん」

「俺そんなこと言った?」

「言ってたじゃん!久方に気をつけろとかどうとか」

「ああ、それか」

「私、考えたんだけど、あんまり所長に頼るのもよくないかなって。今まで何でも話せる相手だと思ってたけど、よく考えたら所長は10歳くらい年上の大人だし。クリスマスに元カノ来るし。あんまり大人の生活邪魔すんのよくないかなって」

「たまに会いに行くくらいでいいんじゃない?俺は結城があそこに居座ってんのがなんでか怪しいなって思ってんだけど」

「やっぱり奈々子のせいだと思う!?」

 早紀が急に身を乗り出してきた。目つきがギラギラし、顔が近すぎたので、修平は椅子ごと後ろに倒れそうになった。キッチン方向からはヨギナミと平岸ママのおしゃべりが聞こえてきた。まずい、と修平は思った。しばらく助っ人は来なさそうだ。

「あ〜そうだサキ、おやきって何か知ってる?」

 修平は慌てて話をそらそうとした。

「昭和の札幌人がよく食べてたらしいんだけど」

「サザエのおはぎの話してる場合じゃないでしょ」

 早紀がものすごく怖い目で修平をにらみ、修平はキッチンに逃げたくなった。おはぎではなくおやきだと言いたかったが、後が怖くて口に出せなかった。

「結城さんって絶対奈々子のこと気にしてるよね!やっぱりそれが目的なんだと思う?死んだはずの奈々子が出てきたから、私より奈々子を取ろうとしてるとか?」

「いや、それは、どうかな」

「でもそれってひどくない!?」

 早紀は興奮して大声をあげた。

「初島とやってること同じじゃん!生きてる所長や私を犠牲にして死んだ人を選ぼうとしてるってことだもん。人権侵害もいいとこじゃん。そう思わない?あ〜、どっか強力なお祓いやってる神社とかないかな〜」

「うちのママさんも同じこと言ってて、いろんな神社仏閣行ったけど効き目なかった。サキ、ちょっと落ち着きなよ。まだそう決まったわけじゃないし、結城にも別な考えがあるのかもしれないし」

「別な考えって何?」

「単にピアノを弾きまくりながら楽に暮らしたいだけとか。都会だとピアノは騒音になるし」

 サキらその答えには満足しなかったらしく。機嫌の悪い顔のまま出ていった。入れ替わりでヨギナミが戻ってきた。

「サキ、イライラしてるみたいだよね」

 ヨギナミが言った。

「そうなんだよな〜。あいつ機嫌悪いと俺に当たり散らすんだよね。なんとかしてほしいんだけどもう」

「サキ、人に甘えるの下手だよね」

 ヨギナミが言った。修平は、そういうヨギナミは、人に甘えることなんかあるんだろうかとふと思った。なんでも自分でこなしているように見えるからだ。

「あんなにきれいな顔してるんだから、かわいく甘えれば絶対モテるのに」

「きれいかなあ?俺、怖い顔しか見たことないからよくわかんない。あ、そうだ」

 今度は修平が身を乗り出した。

「あのさ〜、ヨギナミから見て、伊藤が読みそうな本ってどんな本だと思う?」

「伊藤ちゃん?」

「うん、そう」

「え〜と、なんでも読んでそうじゃない?だって、伝説の図書委員長でしょ?」

「だよね〜」

「あ、でも、1年の時に『スポーツとビジネス本には興味がない』って言ってたような気がする」

「ほんと?」

 1年のときの伊藤。

 その伊藤にも会ってみたかったと修平は思った。しかし、自分はその頃、体調が悪くて病院にいたのだ。仕方がない。

「なんて言ってたっけ?え〜と、確か、スポーツ自体は嫌いじゃないけど、金儲けとか政治に利用されてる風潮が苦手とか、外国人の北海道への投資は、地元のことを考えてないからよくないとか」

「真面目だなあ〜」

「伊藤ちゃん、好きなことより正しいことを選ぶ人だと思うよ」

 ヨギナミはそう言って、少し遠い目をした。

「スマコンが好きになるの、わからなくもないかな」

「えっ……」

「2人とも、今日は雪がひどいから、一日この家にいたら?」

 平岸ママがやってきた。

「アパートじゃ風の音がうるさいんじゃない?」

「そうっすね。俺、こっちで勉強しようかな」

「私はバイトがあるんですけど……」

「ダメよ!今日外に出たら遭難しちゃう!レストランには私から連絡してあげます!」

「いえ!あの!大丈夫です!自分で連絡します!」

 ヨギナミは叫び、慌てて出ていった。平岸ママはニヤッと笑ってから、こんどはため息をついて言った。

「あかねったら、いつまで意地を張って出てこないつもりかしらねぇ」

「何が気に入らないんですかね、あいつ」

「奈美ちゃんは悪くないのよ。あさみと相性が悪いの。もう、小学生の頃からそうなの。なぜかものすごく嫌がるのよ、あさみが近づくと。なんでかは私もわからないわね」

「好き嫌いが激しいんすね」

「そうなのよねえ」

 平岸ママがキッチンに戻ってから、修平はスマホでアマゾンや他の本屋を見たりして、クリスマスに伊藤に贈る本を探していた。そろそろ注文しないと間に合わない。だが、ヨギナミのおかげでだいたいの目処はついた。

 文学や哲学はほぼ読んでるだろうし、スポーツは嫌い。なら、あの本はどうだろう?今まで自分が読んだ中で一番心が踊った。スケールの大きな本だ。かなり前のものだけど実話だし、真面目だ。きっと大丈夫。

 注文しようとした所に、平岸あかねがやってきた。手にタブレットとペンを持っていた。

「妄想はやめろよ」

 修平はこころもち後ろに引いた。

「大丈夫よ。ここんとこインスピレーションが枯渇して何も浮かばないから」

 あかねの声は沈んでいた。

「もしかしてそれで部屋にこもってたとか?」

 修平はわざと勘違い発言をした。

「まあ、そんなとこ」

 あかねはそれに乗った。

「もう何日も、真っ白な画面ばっか見つめてうんざりしてんの」

「なんか別なことして気晴らしすれば?」

「この猛吹雪の中でどこに行けって言うのよ」

「ゲームは?」

「大概のはやりつくしてやる気なくなった」

「あ、そう。本は?伊藤に聞いたら電子書籍とか勧めてくれると思うけど」

「図書委員長の推薦本なんて読みたくない。アニメでも見たほうがマシ」

「じゃ、そうすれば?」

「それがね、アニメを見ると、みんな駄作に見えるのよ。あたしの作品の方が絶対面白いのに!」

「えぇ〜!?」

 修平が変な声で抗議したのと同時に、平岸ママが戻ってきて、あかねは逃げていった。

「あの子、何か言ってた?」

「インスピレーションがわかないそうです」

「そのままわかないでいてほしいわ」

 平岸ママは顔をしかめた。

「全く!どうせ描くなら普通の少女マンガにすればいいのに。あの子ったらいやらしいゲイポルノみたいな絵ばっかりなんだもの。嫌になっちゃう。育て方間違ったかしら」

 平岸ママはぼやきながらキッチンに戻った。修平は本を注文してからテレビの間に移り、新聞をチェックしている平岸パパに投資家の話を聞いた。平岸パパはウォーレン・バフェットの本を熱心に勧めてきたので『そのうち読みます』と答えた。実はもう何冊か読んだことがあったのだが。

「久方さんは、与儀さんの所に今も通ってるらしいね」

「久方さんじゃなくて幽霊の方ですけどね。そうらしいですね」

「保坂さんの奥さんがまた精神科に通いだしたの、知ってるかい?」

「え?そうなんですか?保坂は何も言ってなかったっすよ?」

「俺から聞いたことは内緒にしといてね」

 平岸パパが小声で言った。

「奈良のとっつぁんに聞いた話だと、すさまじい夫婦げんかをした後で、保坂の野郎はまた出ていき、奥さんはまた通院し始めたそうなんだよ」

「それは、なんていうか、泥沼ですね」

「そうなのよ。でも、これでもう裁判どころじゃなくなるんじゃないかと思うんだよ。そもそも、怒りの矛先は与儀さんじゃなくて夫に向けるべきだったんだ。いいかげん気づいてもいい頃じゃない?」

「そうっすね」

 それからしばらく、修平は平岸パパに株価予想を聞き、『これが上がるかどうか500円賭けない?』という誘いに乗ってから、アプリで勉強を始めた。

 雪は、止みそうにない。

 時々、つい窓の外を見てしまう。

 外に出たくてうずうずしている自分に気づく。

 入院していた時もこんな感じがしたっけ。でも、今のほうがずっと自由だ。何年か前には、自分が北海道に来られるなんて、思ってもいなかった──。











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