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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年12月

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2016.12.11 1979

 橋本が学校に来る。それは別に珍しいことではない。よく休んでいるとは言っても、決められた日数は出ないと単位がもらえないし、試験は必ず受けなければいけない。

 しかし、彼が教室にいると目立った。主に髪の色と、どうでもよさそうな態度で。髪の色については、学校には生まれつき赤いことを文書で伝えていて(そのために子供の頃の写真まで用意しなければならなかったが)公式には、学校側は承知していた。それでも、一部の先生達からの「お前は正気か?」と言いたげな視線や、クラスの人が彼の近くを通るたびに変なニヤけ笑いや含み笑いをもらすのを、新道隆は悲しい目で、後ろの席から見ていた。

「わからない」

 新道が小声でつぶやいた。

「なんでみんながそうなのか、俺にはわからない」

「何をブツブツ言ってるの?シンちゃん」

 根岸菜穂が近づいてきた。

「なんでもないよ」

 新道が菜穂に笑いかけると、菜穂もニカッと笑った。

「おい新道」

 間髪入れずに菅谷が近づいてきた。勉強仲間を2人連れて。2人ともガリ勉らしく分厚い眼鏡をかけて、やぼったい見た目をしていた。まるで、美形の菅谷を引き立てるために隣に立っているかのようだ。

「英語の勉強するぞ、来い」

「えェ〜!?」

 新道は心の底から嫌がっていた。

「ナホも行っていい?」

「もちろん」

 菅谷は彼らしくない明るい笑みを浮かべた。橋本がちらっと後ろを振り返り、初島は自分の席でニヤけていた。クラスの女子達が菜穂と新道の仲のよさをからかい始めるのと同時に、橋本が立ち上がって教室を出ていった。

「どこに行く?」

 菅谷が話しかけた。

「別にどこも行かねえよ」

「お前も一緒に勉強しない?」

 菅谷には、他のクラスメートのようなからかいやバカにしたような様子はなく、代わりに少しの哀れみがあった。それが橋本をかえっていらだたせた。

「やだよお前となんか」

 橋本はそう言って菅谷に背を向けた。菅谷はさらに何か言ったが、橋本は無視して廊下を歩いていった。階段のところで、教室移動で降りてきた3年の集団とぶつかった。彼らはちらっと橋本の髪を見て、ぎょっとした顔をしたり、顔を見合わせて意味ありげにクスクス笑ったりした。

「おい、何だその髪は」

 怖そうな男子の先輩が近づいてきたが、橋本の後ろに立っている異様に背の高い男を見て立ち止まった。

「こんにちは」

 新道はニコニコ笑っていた。邪気の全くない笑い方が、逆に不気味さを放っていた。3年の女子が、

「新道くん、おはよ〜」

 と言った。なぜか女子の先輩に名前を知られているようだ。男子の先輩達は、あからさまに新道を避けて、足早に階段を降りていった。

 3年生が去ったあと、橋本は振り返って新道をにらみつけた。

「なんでついてくるんだよ?」

「いや、まだ授業終わってないのに帰ろうとしたから」

「帰ろうとなんかしてねえよ。ちょっと歩きたかったんだよ。うっとおしいなあ」

「ごめん」

「謝るんじゃねえよ。余計にうっとおしい」

「そうか」

「お前、こんなとこほっつき歩いてるうちに根岸を菅谷に取られるぞ」

「あの2人は俺にわからない言語でしゃべってるよ」

 新道が悲しい顔をした。

「英語か」

「うん」

「お前も負けずに勉強しろよ」

 橋本は言いながら新道の横を通り過ぎた。何もかもに腹が立つ。クラスの連中にも、、菅谷にも、新道にも先輩達にも。学校という場所にも。しかし、なぜこんなにも世界が自分を拒否しているように感じるのか。

 橋本にはよくわかっていた。


 自分が悪いのだ。

 こんな風に生まれてきた自分が。


「ねえ、橋本」

 新道が追いかけてきた。

「なんだよ」

「俺、もしかしたら、人間じゃないかもしれない」

「ハァ?何言って──」

 橋本はバカにするつもりで振り返ったが、新道が泣きそうな顔をしていたので、言いかけた悪口を引っこめた。

「それはどういう意味だ?」

 橋本は改めて尋ねた。

「初島が言ってたんだ。『あんたの親が出てこないのは、元々いないからよ。あんたは札幌の風から生まれたのよ。だから永遠に一人ぼっちなの』って」

「なんだよそのガキでもだませねえような馬鹿話はよ」

「でも、なんだかそんな気もしてきたんだ」

「馬鹿じゃねえの?」

 橋本はせせら笑った。

「初島の言うことなんか真面目に聞くんじゃねえよ。あいつはな、嘘つきなんだよ。会った瞬間から嘘ばっか言ってんだよ。そんな話信じるやつがあるか。バーカ」

 新道はこれを聞いてしょんぼりし、力ない足取りで教室に戻っていった。

「誰が嘘つきですって?」

 入れ替わりに初島が現れ、偉そうに腰に手を当てるポーズをした。

「お前な、新道に変な作り話を吹き込んでんじゃねえよ」

「作り話なんかじゃないわよ。前にも言ったでしょ?」

 初島は自信満々の様子だ。

「俺は分別があるから、何が嘘かすぐわかるからいいんだよ。新道は馬鹿でわかんねえんだから、そういうこと言うなよ」

「またシンちゃんをバカって言ったー!!」

 菜穂が廊下に出てきた。橋本は横を向いて舌打ちをした。

「2人ともはやく入んなよ。授業始まっちゃうよ」

 菜穂がかわいらしく言った。それから、

「あ!そうだ!さっきシンちゃんからおいしいおやき売ってる所教えてもらったの!橋本くんとみどりちゃんも行く?」

 と大声で言った。

 教室からみんなの笑い声が聞こえた。なんとなくいたたまれない気持ちになった橋本は、一瞬帰ろうかと思ったが、我慢して自分の席に戻った。まわりの席から好奇の視線を感じながら。後ろの席では新道が顔を赤らめつつも嬉しそうに笑っていて、なぜか菅谷と初島の2人が、同じような苦々しい顔をして、授業が始まるまでの間、動きを止めていた。




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