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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年10月

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2015.10.25 研究所


『早く出ていけって言ってるだろ』


 久方創は、怒りに満ちた目で助手を睨みつけていた。普段は絶対に見せない表情だ。声もいつもとは全く違い、攻撃的で大きく、よく通る。まるで別人のようだ……いや、



 実際、別人だからなあ。



 助手はめんどくさそうな目で、小さな狂人を見下ろしていた。もうこいつには慣れっこだ。対処法も知っている。あまり気は進まないが仕方ない。



『ここで何をするつもりだ?なんでお前が創と一緒にいるんだ?』



 それはこっちのセリフだ。



 助手は相手につかみかかると、キャビネットに向かって投げるように勢いよく叩きつけた。全く遠慮も手加減もせず。久方の体は扉に軽くはね返されて、床に崩れ落ちた。


 大丈夫かな。


 結城が近寄って覗き込むと、倒れている久方の目は薄く開いていて、横目で結城を見ている。


 さて、どっちかな。


 襲いかかってくるかもしれないので警戒していると、かすれた声が聞こえた。



 僕今、何してた?



 もとの久方創に戻ったらしい。

 助手は安堵のため息をつくと、倒れている『所長』を起こして、


 一瞬別な奴が出たけど、すぐ消えた。


 と答えた。

 助手は久方が怪我をしていないことだけ確認すると、部屋に戻ってピアノを弾き始めた。

 ハンガリー狂詩曲を、乱暴な弾き方で。






 久方創は、いつものカウンター窓に戻ってぼんやりしていた。外はどす黒い曇り空で、ときどき大きな風の音が建物を揺らす。


 なぜ今頃、出てきたんだろう?

 考えてもよくわからない。

 確か昨日は雷鳴と、みぞれが当たる音で夜中に起きて、眠れそうにないから本を読んでいたら、雷の光と音がほぼ同時に来て、これは近いぞと思って、昔もこんなことがあったような気がして……。

 そのあたりから、感覚が定まらなかった。


 昔はよくあることだった。

 最近はそんなに出てこなかったのに。


 郵便物に混じって秋浜祭のチラシが入っていたが、日付は昨日だった。町の人が自分を好奇の目で見ているのを知っていたし、もとから行く気はなかったが、それでも、全てが自分と関係なく過ぎ去っていくような気がした。チラシはすぐゴミ箱に捨てた。昨日のチーズケーキも、平岸の奥さんは祭りのために作ったのであって、あかねの陰謀ではないのだろう……たぶん。





 自分は正常だ、もう大丈夫だ。

 そう思いかけたころに、必ず足元をすくうように現れる。

 助手が言うところの『別人』が。



 いつまでつきまとい続けるのだろう、この幽霊は……。


 ピアノは明るくテンポの早い部分に移っていた。なぜあの助手は、こんなときにこんな曲を弾いているのだろう。得意の暗くて重いベートーベンやラヴェルを弾かれても嫌だが。

 コミカルにも聞こえる旋律が、まるで自分を嘲笑っている誰かのようだ。


 窓の外では、また降ってきていた。つぶてが何かに当たる音がする。外には出ないほうがよさそうだ。


 晴れていたとしても、

 今日は外に出る気にはならないだろうが。





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