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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年11月

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2016.11.25 1998年

 奈々子は狸小路を端から端までうろうろしていた。創くんを探しながら修二を待っていた。

 最近、創くんは創成川に現れなくなった。

 ナギが来るからだ。

 奈々子が川の近くに来ると、なぜか必ずナギがやってきて、からかったりバカ話を仕掛けてくるようになった。一体何を考えているのか。

 創くんが気に入らないのだ、ナギは。

 でも、なぜだろう?

 奈々子はベンチに座った。少しの間だけだ。あまり長居すると変な奴が声をかけてくる。「君いくら?」の援交おじさんだったり、家に連れ戻そうとする補導員だったり。危ないのはおじさんだけではない。この前別な道を歩いていたら、かなり高齢のおばあさんに、

「ワインバーで働かない?」

 と声をかけられ、奈々子は全力で逃げた。

 札幌のこういうところが奈々子は大嫌いだった。札幌にとってススキノは、厄介なのに縁が切れない身内のようなものだ。悪い人を呼び込み、女の子を不幸にする。

 奈々子はだいぶ前から、自分が札幌に生まれたことを不幸だと思っていた。もっとまともな所に生まれたかった。ちゃんと歴史や文化があって、人がまともで、雪なんか降らない所に。できれば、ススキノみたいな場所がない所。

 でも奈々子はもう知っていた。

 日本にそんな場所はない。

 日本は男尊女卑の国だ。どこへ行っても何らかの形で搾取されるようにできているのだ。

 東京だって好きになれない。修学旅行で行った東京は、ピンクチラシがあちこちに貼ってある汚らしい街だった。同じ学校の子がおじさんに「君いくら?」とまた援交を持ちかけられ、新道先生が怒っていた。あの先生が怒るのを初めて見た。

「逃げ場、なし」

 奈々子はつぶやいた。教育や非行に関する本を読みすぎていたので、日本全国に家出少女がいて、自分よりずっと悪い状況にいることを知っていた。父親や兄弟にレイプされて家出して逃げたけど、お金もなく、部屋を借りるにも保証人もなく、結局『夜の仕事』に堕ちていく──そんな不幸な子が日本中にいるのに、大人はろくなことをしない。

 子供は不幸だ。

 一人で生きていけないようにできている。

 女子高生は不幸だ。

 性的な目で見られて常に変な奴に狙われる。

 早く大人になりたい。あと一年ちょっとだ。

 でも、自分はちゃんと働いてやっていけるのだろうか?

 自信は全くなかった。取り柄は歌しかないけど、それでは生活できないことくらい、奈々子にはちゃんとわかっていた。

 受験の日も近づいている。本当は家で勉強した方がいい。しかし、帰りたくない。行くところがない。なんでこうなるんだろう?奈々子には、世の中も自分も家族も理解不能だった。

 通りすがりのおばさんがちらっとこちらを見た。奈々子は立ち上がった。1丁目に向かって歩き出した。時計は4時半。あと少ししたら修二が出てくるかもしれない。

 奈々子は1丁目方向に少し歩いてから、思いつきで歩く方向を変えた。狸小路を出て南1条まで歩き、当時6丁目にあったブックオフへ行った。なんとなく100円コーナーを見て回り、数冊手に取ってレジに行った。それから、さらに西に向かって歩いた。

 橋本古書店に入ると、中に先客がいた。高すぎる身長のせいで低い天井に頭がつかえそうになっていて、本を数冊手に持っていた。

「先生」

 それは、奈々子の担任の新道先生だった。

「あれっ?」

 新道先生が驚いた顔をした。

「神崎さん。この店を知ってたんですか」

「先生こそ」

「いやあ、サボりに来たのがバレましたね」

「サボり……」

「おい新道、その子知り合いか?」

 年老いた店主が尋ねた。

「高校の教え子です」

「なんだ。先にそう言ってくれりゃあ半額にしてやったのに」

 店主が奈々子を見て冗談ぽく笑った。

「よく来てるんですか?」

 奈々子は新道先生に尋ねた。

「高校の頃から通い詰めですよ」

「ほとんどうちの子みてえなもんだな」

 店主が言った。奈々子は驚いた。まさか、この店主と先生が知り合いだったとは。

 奈々子は少し気まずくなって本棚の奥に行った。いつもの癖で、教育問題とか非行とか、家庭内暴力についての本を探して手に取ったりしていた。

「神崎さん」

 新道先生が近づいてきた。

「お家で、何かありましたか?」

「えっ?何もないですけど?」

 奈々子は反射で答えた。本当はいろいろありすぎるのだが、ここでこの先生に話したい内容ではなかった。奈々子はその場を離れ、店主の近くの文庫本を見た。赤毛の少年の写真がちらっと目に入った。

 もしかしたら、

 先生はこの子のことを知っているのでは?

 奈々子の頭にそんな考えが浮かんだ。先生は、文学の棚を見ながら何か考えているようだ。今はやめておこう。そのうち学校で聞いてみよう。

 心理学の本があったので店主に見せたら、500円なのに、

「100円でいいよ」

 と言われた。それは安すぎると言ったら、

「いいんですよ。ご厚意は受け取っておきなさい」

 と、新道先生が優しく笑った。


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