2016.11.18 金曜日 高谷修平
「新道うるさいんだけどなんとかなんないの?」
朝食の時、修平が来るなり、早紀がこう言ってにらみつけてきた。
「ごめん何の話か全然わからない」
修平は早紀から離れた席に座った。
「私に、結城さんに近づくなって言うんだけど、しかも夜中に」
「あ〜」
修平は寝ていて気づかなかった。
「ウザいからこっち来んなって言っといてくれる?」
早紀は本当に機嫌が悪そうだ。勢いよくご飯をかきこむと、平岸ママに向かって、
「おかわりが欲しいです」
と言った。
「あんたなんでそんなに食べて太らないの?信じらんない!」
隣のあかねは呆れていた。
「言わなくても先生には伝わってると思うよ?」
修平は言った。
「あたしも結城さんに会うのはやめといた方がいいと思う」
あかねがそう言ってから味噌汁を飲んだ。
「なんで?」
早紀があかねをにらんだ。
「大人の男だから。久方さんはどーなのか知らないけど〜?」
「なんかバカにしてない?」
「別に?」
女子2人は軽くにらみ合った。
修平は思った。食事は早めに済ませて、逃げたほうが良さそうだと。
学校では河合先生が『来週試験だぞ〜!』と朝から呼びかけていたが、クラスの半分はやる気がなさそうだった。修平は試験の範囲は毎日きちんと勉強していたので、特に心配はしていなかった。今心配なのは早紀と奈々子さん、そして、教え子のために悩んでしまっている新道先生のことだ。
『まさか死んでから、教え子の恋愛沙汰に悩むことになろうとは』
新道先生はここ数日頭を抱えていた。
「死んでもやっぱ教え子なの?奈々子さんは」
『教え子は永遠に教え子です』
新道先生は当たり前のことのように言った。修平は感心しつつ呆れた。
「先生さ、10年以上教師やってたでしょ?教え子何人いんのよ?いちいち心配してたらきりがないだろ?」
『そういう問題ではありませんよ』
「ほっとけって。サキと奈々子さんで話し合って解決すればいいんだって」
と修平は言ったのだが、さっきの早紀の様子からして、余計な忠告をしてしまったようだ。
早紀は一日落ち着きがなかった。後ろの席から見ていると、ムダに動いているのがよくわかる。ペンをいじったり頭に手をやって、たまに引っかいてみたり、足をバタバタさせていたり。見た感じ奈々子さんは出てきていないようだが、もしかしたら声だけ聞こえているのかもしれない。
触らぬ神に祟りなし。修平はなるべく早紀に近づかないように一日過ごし、授業が終わってから図書室に向かった。
「塔が出たわ」
ドアを開けると、目の前にスマコンがいて、タロットカードをかざしていた。
修平は少し動きを止めた後、勢いよくドアを閉めた。
「ちょっと!話くらい聞きなさいな!」
スマコンがドアを引いた。修平は彼女をよけて中に入ろうとした。
「安心しなさい。これはあなたではなく、所長さんを占った結果よ。近いうちに何か衝撃的なことが起こるわ。全てをひっくり返すようなことがね」
「なんで久方さんのことなんか占ってんの?」
「ちょっと気になったから試してみただけよ。あなたも気になるなら、占って差し上げてもよくってよ?」
「いらね〜」
修平は軽く叫んだ。カウンターの伊藤が顔を上げた。数学の問題集をやっているようだ。
「2人とも勉強は?試験前だけど」
伊藤が尋ねた。
「俺勉強は毎日ちゃんとやってるから、マジで」
「あら奇遇ね。わたくしもよ?」
「へ〜」
伊藤は白けた声を出してから、問題集に目を戻した。今日はあまり話しかけない方がいいなと修平は思った。いつも通り本棚の点検をした。モネの画集が植物図鑑の隣に押し込まれていたので、美術の棚に戻した。これもいたずらだろうか。
「修平ッ!」
誰がが小声で自分を呼んだ。あたりを見回すと、本棚の陰に早紀がいた。ものすごく険しい表情をしている。早紀はこっちに来いと手招きしていた。修平はめんどくさいと思いながら近づいた。
「所長の元カノが来る!」
早紀が小声で言った。
「ハァ?」
「ドイツの元恋人が来ることになったって!クリスマスに!」
「来る?この町に?」
「そう!」
「へぇ〜!!」
修平は大きな声を出してしまい、カウンターからの視線を感じて慌てて声を落とした。
「久方さん、やるね。恋人なんていたんだ!へ〜!」
「へ〜じゃないでしょ!」
早紀は怒っているようだ。
「なんでサキが怒るんだよ?」
「怒ってませんよ!」
またこれだ。修平はうんざりした。
「いいじゃん別に元カノでも何でも。懐かしい人とクリスマスを一緒に過ごすんだよね?別におかしいことでもなんでもないと思うけど」
修平が言うと、早紀は、
「カッパめ!」
と叫んでから、走って外に出ていった。
「廊下は走らないでください!」
伊藤が立ち上がって叫んだ後、修平の方を見た。
「久方さんの元カノが来るんだって。クリスマスに」
修平はいたずらっぽく笑って見せた。
「あぁ、そうかぁ〜」
伊藤もにやけた。
「それはショックかもねえ。わざわざ日本に来るなんて、よりを戻すかもしれないしねぇ」
「そう思う?」
「そうなってほしいなあ。クリスマスだし」
伊藤の目が変な輝き方をした。ドラマを夢見ている顔だ。まるで平岸あかねの妄想──。
「あのさ〜!」
修平は変な声をあげた。
「クリスマス、何かやるの?」
「12月になったらここにツリーとリース飾る」
伊藤が言った。
「手伝ってね」
「わかった」
修平は気を静めながら、
「クリスマス、教会行くの?」
と尋ねた。伊藤が怪訝な顔をした。
「いや、ほら」
修平は気まずくなってきた。
「あの、修学旅行の時、熱心に祈ってたから、どうなのかな〜と思って」
「24日の夜に行こうかどうか、今迷ってる」
伊藤は少々沈んだ声で答えた。
「迷ってんの?」
修平が尋ねた。意外だと思いながら。
「神を熱心に信じてるのかと思ってた」
「神は信じてるけどね」
伊藤は横に視線を流して表情を曇らせた。これ以上突っ込んで尋ねない方がいい。修平はそう判断した。
「クリスマスツリーどこにあんの?見たい」
「隣の物品庫に置いてあるけど、鍵もらうのめんどくさいから12月まで待って」
「え〜!」
「楽しみは取っておくものでしょ?」
「楽しみなんだ」
「もちろん」
伊藤は嬉しそうだった。心から楽しみにしてそうだ。これは何かしなくてはいけない。クリスマスに。
「たぶん平岸家はパーティーするけど、伊藤も来ない?」
「う〜ん」
「頼むよ。俺、あかねとサキに挟まれるの嫌なんだよね」
「考えとく」
伊藤はからかうような口調で笑った。
「久方さんの元カノが来るんですってよ!」
夕方、平岸家の食卓に行くなり、平岸あかねが修平に向かって叫んだ。
「ロマンスの香りがするわ……誤解が元で別れた2人が、数年後に異国で再会し、愛は激しく燃え上がるのよ……ウフフフフ!」
「食事中はその話やめてくんない?」
席についた修平は、早紀がいないことに気づいた。
「サキはすねて部屋にこもっちゃったのよ。今ママが食事運びに行った。ウフフ。あの子やっぱり久方さんのこと好きなんじゃない?」
「そういうんじゃないかもしれない。友達取られると思ってるとか」
「何言ってんのよ!」
あかねが興奮ぎみに叫んだ。
「そうじゃないわよ。絶対好きなのよ。でも、ライバルが現れるまで自覚してなかったのよ!あぁ!これはいいネタになる!さっそく下書きしなきゃ」
あかねは走っていった。あとには修平と平岸パパだけが残された。
「そっとしておいてあげようじゃないか。なぁ?」
平岸パパは困ったように笑った。修平は無言でうなずいた。




