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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年11月

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2016.11.16 水曜日 サキの日記

 音楽の授業中、私は奈々子とケンカした。傍目には私が一人でギャーギャー言ってるようにしか見えなかったらしい。今野先生が、


 お前は一体どうしたんだ?

 言い方は悪いけど、変な薬でも飲んだように見えるぞ。


 と言った。ムカつくけど事実だ。奈々子め。

 今日、私達は『もっと人数多ければ合唱出来たのに』という先生のボヤきを聞きながら、合唱曲を聴いていた。『大地讃頌』とか『紀の川』とか『樹氷の街』とか、昔の、めっちゃ由緒正しいやつ。これが奈々子の世代には懐かしかったらしく、またキャーキャー言い出してうるさかったのでつい注意してしまった。そこから言い合いになった。

 まさか、奈々子が合唱オタクだとは思わなかった。昔の古い合宿曲のほうが歌詞が詩らしくてよかったとか、Jポップの合唱化には無理があるとか、わけわかんない持論を語られた。『心の四季』の『雪の日に』という曲の歌詞が大好きらしく、雪が表している悲しみについて熱く語られた。歌詞一応確認したけど、とにかく暗い。白い雪で覆い隠したいほど、奈々子の内面はドス黒いのだろうか、と疑わずにいられない──と私が思ったのもたぶん伝わったっぽい。


 私、別に悪いことはしてないもん。

 でも生きてたら少しは後ろめたいこととか、

 あるでしょ?


 と言ってきた。ウザい。

 奈々子は生前、Jポップや洋楽だけではなく、合宿曲のCDまで集めていたらしい。高田三郎とか荻久保和明とかゾルターン・コダーイとか、わけわかんない長い名前を連呼されて私はめっちゃイライラした。今もおさまってない。




 今日は寒い。所長の所へ行くのもいつもならやめてたかもしれない。しかし私は今日怒っていたので、勢いで林の道を通過して研究所へ言った。

 入ったとたん、ピアノの音がした。優しかったり激しくなったり、なんかいつもと違うなと思ったら、


 ベートーベンのチェロソナタ3番の、

 ピアノの部分だけ弾いてるんだよ。


 所長が教えてくれた。駒さんが冬にまた来るかもしれないと言ってきたらしい。私はすっかり忘れていた。連絡先もらってたんだっけ。でも、今送ったら何かを誤解されそうだ。ほっとこう。


 あさみさんが少し話せるようになったよ。


 所長が嬉しそうに笑った。

 私はその笑い方が心配だった。


 うん、とか、いいえ、とか、片言だけどね。

 それがね、家を売ろうとしたヨギナミが許せないらしくて、ちょっと怒っているみたいなんだ。


 ヨギナミは今もバイトを続けている。母親の付き添いは平岸ママとスギママが交代してくれるらしいけど、それにしたって負担すぎると思う。公務員試験はどうするんだろう?学校ではあまり話題にしたがらない。

 私も実は先生に呼ばれた、今日。


 今年中に進路を決めろ。


 と言われた。もう一ヶ月ちょっとしかないじゃん。

 進路を決めなきゃいけない大事な時に、なんで幽霊問題で悩まなきゃいけないんだ。

 私は所長に今日の出来事をグチった。所長は、


 合唱か。

 モーツァルトのレクイエムとブラームスしか知らないなあ。


 と言った。ブラームスの方はドイツ語の歌詞が気に入っているらしくて、CDを取り出して聴かせてくれたんだけど、天井から響くピアノの音のせいでよく聞こえなかった。昔のCDについてる歌詞カードで内容だけ確認した。キリスト教世界の詩のようなものとか、北欧の伝説みたいな物語とか。所長の好みってどこから来てるんだろう?神戸ってクラシック盛んだったっけ?やっぱり駒さんの影響なんだろうか。


 いいですねえ。小さい頃から仲良しの友達がいるって。


 私は自分の小中学校時代を思い出した。当たり障りのない会話。なんとなくよそよそしい同じグループの女の子達。子供なのに、みんな冷めた大人のような態度をしていた。卒業式には一応泣いたような気がする。でも、誰とも今連絡取ってない。やろうとおもえばSNSでいくらでも出来たはずなのに、なぜかそういう気が起きなかった。名前さえもう思い出せない子が何人もいる。私はそういう浅い付き合いしかしてこなかった。少なくとも学校では。


 駒は僕のおかしい所も絶対に責めなかったしね。


 所長が言った。廊下からカリカリと音がした。かま猫とシュネーが来て、ドアの横枠を引っかいていた。所長はキッチンにキャットフードを取りに行った。私はポット君にコーヒーを頼み、地下にお菓子を探しに行った。ECORCEと書いてあるきれいな箱があったので、部屋に持っていった。センサーでもついていたのか、結城さんがほぼ同時に降りてきて、箱の半分をかっさらって、猫を見て走って逃げていった。私は思わず、


 子供じゃないんですから!!


 と叫んでしまった。それくらい動作が幼く見えた。お菓子がからむと子供がえりするのだろうか、昭和生まれのおじさんが。

 私はまた、カントクに『それは性欲!』って言われたのを思い出してしまった。

 でも違うと思う。結城さんにはもっと親しみを感じるというか、なんというか。

 またウダウダ考えながらお菓子をかじっていたら、所長に、


 ちゃんと食べて。いいものなんだから。


 と注意されてしまった。

 所長はとっても元気そうだ。ほぼ毎日、午前中は橋本に乗っ取られているのに。不思議だし、ちょっと怖い。もしかして、橋本は所長にとって必要な存在になっているんだろうか。それじゃいつまでも成仏しないし、初島の思うつぼだと思うのに。




 3日寝込んでいた修平がやっと夕食に出てきたので、今日起きたことを話したら、あかねが、


 あたしも音楽取ればよかった!

 魔女を叩きのめしてやれたのに!


 と言って、また指を組んで関節を鳴らした。あかねは最近、マンガ執筆が進まなくてイラついているらしい。八つ当たりで私の体を攻撃しようとするのやめてほしい。


 今までみたいなありきたりなネタじゃダメなのよ。

 もっと新しくてかつ面白い何か!

 図書室の書庫から現れたイケメンの幽霊が、男子学生たちに禁断の快楽を──。


 やめろ!図書室をネタにするのはやめろ!!


 修平が叫びながら逃げていった。

 絶対また熱が上がると思う。








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