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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年11月

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2016.11.15 1998年

「へぇ、あのガキ、あんたの息子だったのか」

 ナギはベッドの上で、取引相手の『おばさん』と話していた。はっきり言って、気味の悪いババアだ。しかし、たくさん金をくれる。それに、奈々子が連れ回しているガキの母親だということもわかった。

「そうなのよ。夕方になると家を抜け出して逃げる癖があるの。でもまさか、よその女子高生に連れ回されているとは思わなかったわ。今の若い子って怖いわね。家出に援助交際、はてはよその子の誘拐」

「止めなよ親ならさぁ」

「少しは外に出るのもいいかと思ってたのよ。でもよその子と一緒というのは困るわね。もし人形が育ってしまったら困る……」

「人形?」

「何でもない」

 おばさん、初島は、笑うと、ナギの髪に軽くキスをしてベッドから出た。歳の割にきれいな背中が見えた。若い頃は多少ましな女だったんだろうなあとナギは思った。今はひたすら気味が悪い。奈々子のガキのことがなかったら、また会おうとは思わなかっただろう。

「その子があんたの知り合いなら、創成川に近づけないようにできない?」

 スーツを着た初島は言った。あの不気味な笑みを浮かべながら。

「これ以上あの子を他人に会わせたくないわ」

「外に出さなきゃいいじゃん」

「それも不健康でしょ?なんとかできない?」

「わかった。考えとく」

 ナギは軽く答えた。それから壁のカレンダーを見た。今日は奈々子が音楽教室に来る日だ。上手く引き止めて川に近づけないようにしよう。そのためには、修二をここに呼べばいい。セッションの練習をしようとか理由をつけて。ただし、ナギは修二が昼間どこにいるか知らなかった。通っている高校の前で待つしかない。この金髪で行ったら目立って変な奴にからまれそうだ。しかし不思議だ。ナギは思っていた。修二はあの下手に染めた金髪で、どうやってまわりとモメずに学校生活を乗り切っているのか。

 人柄が出るんだよ。

 奈々子が前に言っていた。バカらしい!ナギはそんなことを思い出した自分を笑った。




「あれ?修二?なんでここにいんの?」

 音楽教室に来た奈々子は、修二とナギが一緒にいるのを見て驚いていた。

「今日、ここで3人でセッションしようって、ナギに誘われた」

 修二が答えた。

「ナギ?」

 奈々子がナギに不信の目を向けた。ナギはわざとらしい笑いでそれに答えた。

「曲は出来てるんだけど、歌詞がついてないんだ。奈々子も考えてくれや。歌詞書くの得意だろ?」

 修二が言った。

「う〜ん」

 自分で曲を作ったことはある。でも、他人の曲につけるとなるとまた勝手が違う。奈々子はあまり自信がなかった。

「奈々子ちゃん来てたの?あら?」

 みのり先生が、修二を見て怪訝な顔をした。

「あ、もうレッスンの時間ですよね」

 奈々子は先生とレッスン室に入った。

「奈々子ちゃん。さっきのあの人と知り合い?」

「修二ですか?」

「そういう名前なの?ああいう人とあまり付き合わない方がいいと思うわよ」

「えっ?」

 奈々子は驚いた。

「でも、修二は狸小路で路上ライブやってる、音楽好きなんですよ?」

「よその店の前で勝手にやってるんでしょ?それは犯罪なのよ」

「たけど……」

「ま、いいわ。レッスンを始めましょう」

 発声練習が始まった。だけど、奈々子は先生に言われたことがあまりにも不可解で、発声に集中出来なかった。まさか、あの善良の塊みたいな修二と「付き合うな」と言われるなんて。なぜ?やっぱり髪の色のせい?そういう先生の息子はどうなんですか?ナギの方が千倍はヤバい奴でしょ?

 言いたくても言えない気持ちを抱えたまま、『今日は調子悪いの?』と言われてレッスンは終わった。

 モヤモヤした気持ちを抱えたまま廊下に出ると、ナギが、

「よし、すぐに始めよう」

 と言って、見慣れない親しみのこもった笑い方をした。

 怪しい。

「なんかおかしくない?」

「何が?」

「何がと言われるとよくわかんないけど、何か……」

「おう。始めるぞ」

 ピアノがある部屋から修二が声をかけてきた。奈々子はナギと一緒に中に入った。時計が見えた。

 4時40分。

「あ!私、創くんを探しに──」

「待ちなよ」

 出ていこうとした奈々子を、ナギがつかんで止めた。

「あのガキにはちゃんと母親がいるんだって。あんたが余計なことしなくても」

「だめだって」

「せっかく3人で集まったんだから、時間ムダにしたくないでしょ?」

「そうだな。こんな機会はあまりない」

 修二が言った。

「でも修二」

「大丈夫」

 修二が奈々子に近づいてきて、そっと耳打ちした。

「創成川には、賢治が行ってるから」

 奈々子が修二を見ると、修二はニッと笑ってから、ピアノに向かうナギの背中に鋭い視線を走らせた。まるで、こうなるのを最初から予想していたかのようだ。

 ナギ、何考えてんの?

 不信感を抱きながら、3人の初の共同練習が始まった。ただし、この日は『歌詞をどうするか』でモメて、ほとんど言い合いだけで終わってしまったのだけれど。





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