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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年11月

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2016.11.14 月曜日 サキの日記


 奈々子は、()()結城さんが好き。


 ナギがあんな大人になるとは思ってなかったの。

 私が生きていた頃は本当に嫌な奴だったし。

 だけど、創くんとかあなたへの対応を見てたら、

 何だか……。


 奈々子の顔が赤らんで、私は真っ青になった。

 自分で見てないけどわかる。

 大変だ。

 どうしよう。

 同じ人好きってことじゃん。幽霊と。


 なぜこんな話になってしまったのか。それは、私がいいかげん『幽霊つきの生活』にうんざりしてきて、なんとかするために話し合おうとしたのだ、奈々子と。


 思い残したこと?やっぱり歌かな。


 でも、歌はやめて心理学やりに大学行こうとしてなかった?

 

 うん。でも、今考えると、私に必要なのはやっぱり歌うことだったと思う。


 死んでから自分の優先順位の間違いに気づいたらしい。


 でも、それ、今からやろうとしても難しいよね。


 あなた、声楽やる気ない?


 あるわけないでしょ?


 そうだよね。


 奈々子はがっかりしていた。なんだか、自分が叶えられなかった夢を子供に押し付けようとする親みたいだと思った。奈々子、生きてたら、佐加とママと同世代だし。


 他にやり残したことは?


 私は尋ねた。聞かなきゃよかった。奈々子はなんと、


 結婚。


 と答えたのだった。私は後ろに倒れそうになった。


 私、ろくに恋愛もせずに死んだの。あなたと一緒にいて、おバカさんや由希さんを見てて思ったの。私も生きていたら誰かと恋愛して、結婚して、子育てしてたかもしれないなあって。

 たぶん橋本も思ってる。新道先生は全部経験済みだろうけど。


 私は困った。何を言っていいかわからず黙っていた。その間も奈々子はしゃべり続けていた。


 あなた、4歳くらいまでは私の姿が見えてたんだよ?

 覚えてないでしょ?

 一緒に遊んだの。だから私もベビーシッターっぽいことはさせてもらってたわけ。でも、4歳の誕生日にね、突然、私を無視し始めた。見えなくなったって気づいた時にはすごく辛かった。あの日はあなたと私の誕生日で、由希さんが急な仕事で帰ってこなかった。あなたは家政婦さんのエプロンにしがみついて離れようとしなかった。


 全然覚えてなかった。誕生日に母がいないのは、私にとっては当たり前のことで、今年が例外なくらいだ。


 あのう、話戻すとね、

 あなたがやり残したことって、

 私には実行不可能なことばかりなんだけど。


 私は言った。


 そう?いずれは結婚するんじゃない?


 そういう問題じゃないですって。まさか、私の体を使って誰かと恋をしようとか考えてないでしょうね?


 そうしないように自分を抑えてるんだってば!

 だからナギには近づかないでほしいの。


 何で?


 何でって……。


 そう、そこで奈々子は白状した。昔は好きでもなんでもなかったナギというダメな青年が、今や立派な(?)大人になっているのを見て、すごく気になるようになってしまったと。

 やばい。

 どうしよう。

 やばすぎる。

 私がショックを受けたのを察知したのか、『そろそろ休む』と言って奈々子は逃げた。自分でもやばいこと言っちゃったって気づいてるんだろう。

 どうしよう。

 明日から研究所行きにくいじゃん。

 私は結城さんに会いたいけど、奈々子に結城さんを会わせたくない。





 学校では、伊藤ちゃんに性欲の話をふってみた。あかねにすると妄想に走られるし、佐加とヨギナミにも話しにくい。真面目に話題にできそうな人を他に思いつかなかった。伊藤ちゃんはある本を見せてくれた。


「……その子等の絶えず口占のやうにして云って居ますことは、二字三字活字になって本の中に交っても発売禁止を免れることのできないやうな言語なのです。そればかりなのです。恐ろしい都、悲しい都」

「性欲教育と云ふことはその子等の親達には考へるべき問題ではないでせうが、私等のためには重大なことなのです」


 与謝野晶子の『遺書』の一節。街で見かけた、性的で下品なことをしゃべっている子供達を嘆いて、自分の子供を心配した文章。昔から日本はきちんとした性教育をせず、いきなり遊び半分のエンタメめいた話から子供を性に触れさせていたようだ。与謝野が今のネット広告を見たら、ショックで即死するかもしれない。今だって、性の話を冗談にしたり。ニヤニヤする話としてしかとらえていない嫌らしい男子や女子が、日本中にいくらでもいる。


 日本はこの時代から進歩してないのかなあ。


 伊藤ちゃんはつぶやいていた。修平が近くでちらちらとこっちを見ていた。でも、話しかけては来なかった。話題がきわどかったからかもしれない。私は伊藤ちゃん自身はどうなのか聞きたかったんだけど、前に聞いたような、日本のネット広告が下品で見たくないみたいな話しかしてくれなかったし、私もそれ以上突っ込めなかった。


 学校ではそんなことがあり、帰ってきたら奈々子に恋の話をされ、私は自分の性欲(?)だけでなく、幽霊の恋にまで悩まなければいけなくなった。

 何でこうなるんだ。

 初島め!

 これって、所長や修平に言っていい内容なんだろうか。新道が知ったらそれこそ説教入るんじゃないか。

 それだ。

 私は修平に相談することにした。LINEに送ってみた。返事は来ない。隣の部屋からも特に話し声はしない。あれ?無視?カッパの分際で?

 私は落ち着かずにベッドに転がって、面白い動画を探したり、BBCの文法解説を見たりした。でも、何も頭に入らない。

 私はどうしたらいいんだ!?





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