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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年11月

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2016.11.14 月曜日 図書室書庫大掃除 高谷修平

 中間試験も近い月曜日。勉強する気があまりない奈良崎、保坂、スマコン、伊藤、つまり第2グループと、いつも勉強する気満々の杉浦が、図書室の書庫前に集まった。もちろん修平もいた。全員マスクをして、女子は三角巾で髪を守っていた。

「とにかくほこりがすごいから。50年分くらいたまってるから。気をつけてください。あと、古い資料は乱暴に扱わず丁寧に出し入れしてください。ファイルの金具や紐も劣化しているかもしれません。わかりましたか?」

 伊藤が言うと、全員が『は〜い』とだるい返事をし、中に入っていった。

「うっわ!キタネ〜!!」

 真っ先に叫んだのは保坂だった。なんとなく近くの棚を触ったら、茶色い汚れが軍手にべっとりとついたからだ。

「これむやみに触んない方が良くない?」

 奈良崎が言った。まず、はたきと雑巾で積もった汚れを払うことにした。

「ウゲッホッ!!」

 修平がすぐに咳込んだ。

「やべえ!舞い上がり方がやべえよ!」

 奈良崎が入り口近くまで逃げた。

「君達!むやみにほこりを撒き散らすんじゃない!ゲホッ!」

 杉浦も注意しながら咳をした。

「マスクでも防げないくらい汚れているのね」

 スマコンがマスクに手を当てながら、奥の小冊子の棚に近づいた。

「このあたりから、勤勉な方のオーラを感じるわ」

「ああ、昔研究とかしてた人の報告書だからじゃない?」

 伊藤が言った。スマコンが小冊子を一冊取り出し、パラパラとめくった。すると、最後のページに手書きで、こんな言葉があった。

『この研究が今後の農業の発展ならびに日本の未来への希望たらんことを!』

「まあ!見て!みなさま」

 スマコンがみんなに手書きのメッセージを見せた。

「おおっ!」

 杉浦が喜んだ。

「先人の研究にかける情熱を感じるね」

「1960年代のものね。まだ高度成長期かしら?」

「ちょっと待って、調べる」

 保坂がスマホを取り出した。

「ああ、真っ只中だべ。1955年から72年あたりまでって書いてある」

「おぉ〜!」

 奈良崎が声を上げた。

「お前らそんなのいちいち見てたらきりがないって」

 修平はみんなに注意しながら雑巾で棚を拭き、真っ黒になったのを見て目をむいた。

「60年近く前のメッセージが今発見されたのだよ?なぜ感動しないのかね?」

 杉浦が言った。

「いいからほこり払ってくれって」

「他にないか探してみよう」

 奈良崎達はメッセージ探しを始めてしまった。掃除のことは忘れているようだ。ほこり払いは伊藤と修平の二人でやる羽目になった。すぐ雑巾が汚れてしまい、洗ったり水を替えたりしているうちに疲れてきた。

「そろそろ休む?」

 伊藤が言った。同時に奥から『あった!』と保坂が叫ぶ声がした。60年代の研究者のメッセージは、他にも3つほど発見されていた。

「何を思って書き込んだのかしらね」

「やはり未来への希望があった時代なんだろうなあ。若手の自己陶酔も見えるね。自分は良いことをしているという強い確信があったのだろうな」

 いつもは仲が悪いスマコンと杉浦が、今日は意気投合していた。奈良崎は『うちのエリカから』と、シュークリームの差し入れを持ってきた。

「ここの資料はどうするのかね。学校が終わったら」

 杉浦が伊藤に尋ねた。

「町の倉庫に入るか、別な施設で再利用されるか、処分されるか」

 伊藤はそう答えてからシュークリームをかじった。

「もったいない」

 杉浦が本棚を見ながらつぶやいた。

「だからって勝手に持って帰らないでくださいね?窃盗で捕まりますよ?」

 伊藤が言った。

「言われなくてもわかっているよ」

「わたくし達が見張っていますから、そんなことはさせなくってよ?」

 スマコンが言った。頬にクリームがついていて、伊藤がティッシュで拭き取ってあげていた。スマコンの顔が赤らみ、奈良崎と修平は白けた目をした。

「この学校、本当になくなるんだな」

 保坂がつぶやいた。

「3年が卒業したらうちらだけになるしね」

 伊藤は言いながらマスクをつけ直した。

「この校舎ってどうなるの?」

 修平が尋ねた。

「お父様の話だと、再開発計画の中にここの敷地も入っているそうよ。おそらく取り壊されるでしょうね。再利用しようにも古い建物ですし、耐震性の問題もあるわ」

 スマコンが言った。

「壊すのか〜」

 それは悲しいかもしれないと修平は思った。卒業と同時に母校がなくなってしまう。小中をほとんど学校に行けず病院で過ごした修平にとって、秋倉高校は唯一まともに通えた学校だ。それがなくなってしまうのはやはり辛い。

「仕方ないんでしょうね。人口も減ってるし」

 スマコンが言った。みんなしんみりしてしまったので伊藤はわざと元気よく、

「ほら!掃除も片付けもまだ終わってないしょや!再開!」

 と言いながら手を打ち鳴らした。みんなは、研究資料やよくわからない微生物の本(ほとんどは昭和の古いものだった)がたくさん入ったダンボールを一つずつ開けていった。

「おお!これは!?」

 杉浦が古い革張りの辞典を見つけて目を輝かせた。

「見たまえ!19世紀の植物図鑑だよ!」

 杉浦は開いたページの『1891』という文字をみんなに見せた。

「なんでそんな古いもんがここにあるんだよ?」

 修平は叫んだ。ほこりとカビ臭さにいいかげんうんざりしていた。杉浦と違い、古すぎる本にはあまり興味がわかなかった。それよりこのほこりだ。大丈夫なのか。

「ここ、昔農業科あったよね?」

 奈良崎が伊藤に聞いた。

「そうそう。昔は農業高校だったから。けっこう昔からあったから。たぶん、大正くらいに出た本ならあってもおかしくない」

「これは貴重だ。素晴らしい。全て絵で描かれている」

「持って帰らないでね?」

 伊藤がはしゃぐ杉浦をにらんだ。

「俺さ〜、ここの棚見てて気づいたんだけど」

 保坂が小冊子の70年代の棚を見て言った。

「60年代に比べて、研究の題名つまらなくない?『なんとかのなんとかによるなんとかの研究』みたいなのばっかりで。書いた人からのメッセージもないし」

 みんなが70年代の研究誌に集まった。

「そう?俺あんま違いがわかんない」

 奈良崎が言った。

「つまらない内容になっている気がするわね。読んでないのに」

 スマコンが背表紙の文字を読みながら言った。

「高度成長期が終わって、あらゆることが研究しつくされて、熱意がなくなったんじゃないのかね」

 杉浦が偉そうに持論を述べた。

「確か『戦争を知らない子供たち』という歌が流行って大問題になっていた。がむしゃらに戦後の復興を目指した層と、戦争を知らない、豊かさの中で育った若手では、意識に差があるのは当然だろう」

「あのさあ、それ本当にちゃんとした情報?」

 修平は杉浦のこういう話を聞くたびに、本当は違うのではないかと思ってしまう。知らない時代のことを資料を読んだだけで知ったつもりになるのは危ないと修平は思っていた。どんな資料も、その時代のほんの一部分しか表していない。本当は何が起きて、誰がどう感じていたか、今となっては知る由もない。

「80年代にバブルが来るわよね。でも、ここの資料は70年代で終わっているわ」

 スマコンが棚の端を手で示した。

「その頃に農業科がなくなって、普通科だけになったから」

 伊藤はこう続けた。

「もしかしたら、農業科の方を残しておけば、ここ廃校にならなかったかもね。でも、当時は一次産業より三次産業が大事って言われ始めた頃らしくて、私が見聞きした話だと、農業をする人はバカにされていたらしいよ。今は違うよね。農業ってトレンドになってきてるしょや。他の町の農業科は注目されてテレビやSNSに出てるし。時の流れって皮肉だよね」

「昔の学習塾では、『東北の百姓』をバカにする発言をした講師がいて問題になっていたと聞いたことがあるよ」

 杉浦が言った。

「それっていつ頃?」

 修平が尋ねた。

「確か70年代後半から80年にかけてだったな」

 新道先生が学生だった頃だ。修平は急にそのことに思い当たった。今とは全く違う価値観の世界で生きていたのだ。

「ねえ」

 スマコンが怯えた顔をした。

「あの、すみっこの箱の影で、()()()()()()()わ」

「えっ」

 修平が固まった。奈良崎と保坂は特にひるむ様子もなく、その箱をどけた。

「ネズミ」

 奈良崎がつぶやいた。

「もう干からびてるべ」

 保坂がつまんで、昔生き物だった何かを持ってきた。修平と杉浦は『来るな!寄るな!』と叫びながら書庫の入り口まで逃げた。

「何怯えてんの。キャンプしてたら普通に蛇とか動物出るでしょ?」

 奈良崎は余裕で笑い、保坂はネズミのミイラをティッシュで包んだ。

「それ、草原に埋めてやろう」

 奈良崎が言った。

「どこらへん?」

 保坂が尋ねた。

「あの標識の近くにしよう。わかりやすいべ」

「おお」

「二人とも戻って来なさいって!」

 伊藤が入り口に向かって叫んだ。

「生きたネズミじゃないんだから襲ってこないしょや」

「そういう問題ではない!学校の衛生管理の問題だよこれは!」

 杉浦が叫んだ。

「俺、具合悪くなってきたんだけど」

 修平が青い顔になった。

「ここさあ、昭和の病原体とかも保管されてたりしない?」

「何を言っているのよ?早く来て伊藤を手伝いなさい」

 スマコンが入り口まで行き、修平と杉浦の腕をつかんで書庫の中に引き戻した。それからみんな、河合先生が『そろそろ帰れ』と言いに来るまで、書庫の掃除を続けた。





 

 

 

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