2016.11.13 日曜日 サキの日記
けっこう強い雨が降っていたのに、あかねが『第3でカラオケ!』と勝手に決めたので、隣町のカラオケまで連れて行かれた。奈良崎と佐加も別な車で来た。盛り上げ要員だ。高条とあかねがなぜか仲良くノリノリで歌う中、私と修平は特に歌いたい曲もなく(佐加とあかねがマイクを離さないし)フライドポテトやザンギをひたすらつまんで時間を過ごした。
私も歌いたい。
突然、奈々子の声がした。
私はそれを無視しようとした。でもなぜか、私の中で違和感のようなものが広がり始めた。
私が歌えないなんておかしい、という感覚が。
サキもなんか歌いなよ〜!
何も知らない佐加が、私にマイクを差し出した。
手が勝手に動いた。奈々子だ。私の体を瞬時に乗っとったかと思うと、ものすごい速さでCoccoの『Again』という曲を探し出し、私の声で勝手に歌い始めた。英語の、古い歌を。
サキ英語うまっ!うちもケイティの曲歌う!
佐加はケイティ・ペリーの曲を3つくらい入力した。しばらくマイクを離しそうにない。あかねは勝手にピラフを頼んでいて、高条はなぜかその様子を動画に撮っていた。
あの〜、奈々子さん?
修平だけが気づいていた。
歌のこと忘れてた俺もうかつでしたけど、
できれば引っ込んでくれませんか?
ごめん。
でも我慢できないの!どうしても歌いたい!
奈々子が叫んだ。なにがどうしてもだと言いたい。でも私は何も喋れなかった。体のコントロール権を奪われていたから。
どうしたの?
高条が話しかけてきた。スマホをこちらに向けながら。それ、下ろしてほしいなと思った。
幽霊と入れ替わった。
修平が言った。あかねがこちらを振り向き、『魔女?』と言った。
私は魔女じゃありません。神崎奈々子です。
なにを自己紹介してるんだ奈々子め。
佐加が歌うのやめちゃったじゃん。
99年頃に亡くなった女子高生の幽霊。
と修平が言った。そのとたん、
女子高生って言うのやめてくれない!?
奈々子が怒った。
高条がやっとスマホを下ろしてポケットにしまった。
ごめん!みんなが歌ってるの見たらどうしても歌いたくなったの!
奈々子が手を合わせて謝った。いいから私の体返せ!
じゃ〜さ、一緒に90年代の歌歌う?
佐加が余計なことを言った。
いや、ダメだ。
高条が佐加を止めた。
出てきたくなるお気持ちはわかります。
でも、今日俺達は、新橋と遊びに来たんです。
新橋を返してもらえますか?
私は高条が真面目に言うのを聞いて驚いた。
表情も真剣そのものだった。
奈々子は、
ごめんなさい。
とつぶやくと、体を私に返した。
戻ってきたね。
修平が私の顔をのぞきこんで笑った。
残念だわ。また魔女をぶちのめせるかと思ったのに。
あかねが手を組んで指を鳴らし、ふざけた笑い方をした。何をする気だったんですか!?
でもなんかかわいそうじゃね?
たまに歌わしてあげたら?
どうして佐加はいつも幽霊側に同情するんだろう。
気に入らない。
いいから佐加、続き歌え。
黙って成り行きを見ていた奈良崎がけしかけた。佐加はケイティの曲に戻った。あかねも加わり、高条はまたみんなを動画に撮りだした。
ごめん、俺が気づくべきだった。
奈々子さんにみんなが楽しく歌ってるの見せるのは、
すごく残酷なことだって。
修平がつぶやいた。私は『別にいいよ』と言った。そして、さっきの高条のはっきりした言い方を思い出した。
私は高条を誤解していたかもしれない。動画のネタ集めのために他人を利用する嫌な奴だと思っていた。でも、少し違いそうだ。
帰りみんなで松井カフェに寄った。松井マスターはチョコチップクッキーを一枚ずつくれた。
私達は『さっき出た幽霊』の話をした。佐加はやっぱり『歌わしてあげた方がいいよ』と言い続けたけど、高条とあかねが『ダメ!』と言い張った。私も嫌だ。でも、もし、彼女が成仏できない理由が歌だったら、
あんたが代わりに歌ってあげないとダメな可能性、
なくはないのよねぇ。
あかねが言った。そう言われても困る。
要は出てきたら追い返せばいいんでしょ?
さっきみたいに。
高条は平然とそう言ってコーヒーを飲んだ。佐加は『それじゃかわいそうじゃん』と言っていた。
私は高条に何か言いたかった。
だけど、何を言えばいいかわからなかった。




