2016.11.11 金曜日 サキの日記
サキちゃん。それは恋じゃないわ。
性欲ヨ!
カントクは私にはっきりとそう言った。久しぶりに話したくなって通話して、結城さんを見た時に感じることを相談したら、こう言われた。
男が女のおっぱいやお尻に触りたがるのと同じヨ。
いいえ、文句は言わせないわ。
それはせ・い・よ・く!!恋と間違えるとえらいことになるのヨ!それで失敗した女達をアタシ達大人はたくさん知ってるわ。
よかったじゃない。ヤる前に気づいて。
カントクはかなり興奮していて、ものすごい勢いでしゃべった。
言わなくてもわかるでしょうけど一応言うわね。そういう風に感じるのは悪いことじゃないのヨ。むしろ大人なら、魅力的な異性にはそう感じて当たり前。
大人の世界へようこそ〜ワ〜パチパチパチ!
ほんとに手を叩いている音がして、スマホをぶん投げたくなった。目の前にカントクがいたら右ストレートしてたかもしれない。
おっと!怒りのオーラを感じるわ。
ふざけんのはこの辺でやめておくわね。
でもサキちゃん。ここからが真面目な話だけど、大人が人生を最も惑わされるのもそれなのヨ?情欲と愛を勘違いして道を誤るっていうの?もう昔から文学や演劇のテーマよ。それくらい厄介なものでもあるの。はっきり言うけど、マンガや映画が悪いのヨ。少女マンガは特に駄目ね。子供向けのものがもうソフトなポルノみたいだもの最近は。男の子向けも駄目だけど。でも、バカみたいな少女マンガより、バカみたいな格闘系少年マンガの方がずっとマシよ。だから昔から『少年マンガしか読まない女の子』が減らないのよ。わかる子にはわかるのね。いわゆる恋愛もののおかしさが。
だってあれ恋愛の話じゃないもの。
性欲の話だもの。
愛ってね、本当は時間をかけて、大切に、手をかけて育てる植物みたいなもので、エンタメにして短く切るのは難しいのよ。なのにそれをまあ、大量発生してあっという間にいなくなる蛾の大群みたいに描くんだから、マンガも映画も。
こう言ってるけど、カントクはマンガが大好きだ。でも最近の恋愛ものは変だと前から言っていた。
愛をどう愛のまま描くか、それは芸術にとって最も難しいテーマよね。それはともかく、世の中には性欲を愛と勘違いして軽々しくヤって妊娠してひどい目にあう未成年の女の子がたくさんいるわけ。マンガという名のソフトなポルノに騙されちゃ駄目よ。ああいうのに出てくる優しくて金持ちで一途な男なんて、ポルノに出てくる都合のいいデカパイ女よりずっと少ないんだから!
サキちゃん。その人を追いかけるのはやめて、少し冷静に考えた方がいいわよ。道を間違えないためにもネ。
前にも言ったけど、ど〜してもヤりたくなったら、アタシが超安全な男を紹介するわ。
新橋に言っちゃ駄目よ!『娘が性欲に目覚めた』なんて知ったら、パパはショックで死んじゃうかも!
私は丁重に『今度会ったら覚えてろ』と言って通話を切った。
性欲。
性欲って!
ウフフフフフ。
奈々子の笑い声がした。ベッドに座って口元を押さえていた。
何がおかしいんじゃあ!?
私は枕をつかんで投げつけた。奈々子はまた飛んで天井にはりついた。
ごめん。
でもあのカントク、いつも面白すぎて、
私、出てこないようにするの、
今まですごく苦労してたんだから!
ウフフ!
奈々子は天井にはりついたまま笑い声をあげた。
なんか怖い。
私だって、結城の見た目に惑わされたことはあったよ。
だけどねえ。あの性格じゃねえ。
そう言いながら奈々子は床に降りてきた。
でも、あいつ少しは成長したんだね。
あなたに手を出さないようにしてる。
私が死んだあと、いろいろ遊んで失敗して懲りたのね。
きっと。
あの〜。
私は思い当たって聞いてみた。
あなたは、誰かに恋したこと、ないの?
奈々子は顔を少し傾けて、
中学の時に好きな人いたけど、別に何も起きなかった。
遠くから見てるだけでほとんど話さなかったし。
と言った。
とりあえず恋(性欲?)は知ってから死んだっぽい。
その後私は、奈々子がその『中学の初恋の人』にすごくこだわっていて、高校ではあえて誰も好きにならないようにしていたという話を聞かされた。だから、まわりに結城さんや修二がいても、恋愛感情がわかなかったらしい。
今思うと、過去にこだわりすぎて、
もったいないことしたかも。
奈々子はそう言うと、姿を消した。
また悲しくなったんだろうか。
でも、奈々子がやり残したことが一つ見つかった。
恋だ。
でも困る。私の体を使って恋愛されちゃ困るし、性欲はもっと困る。所長もそれで苦労しているんだし。
そうだ、今日所長に会ってない。でも今、あそこの2人に会いたくない。なんか気まずい。カントクが私に『性欲!』とか言うからだ。
やっぱり今度会ったら黒猫の杖で殴る。
もう決めた!




