2016.11.4 金曜日 サキの日記
奈々子は家出少女みたいな日々を送っていたらしい。結城さんは年配の女の人とつきあってお金をもらっていたらしい。修二は風俗で働く恋人と一緒に暮らしていたらしい。
90年代って恐ろしいなと私は思った。いや、札幌が恐ろしいと言うべきか。いや違う。大半の人はまじめに、普通に暮らしていた。この3人がおかしすぎたのだ。そして、この変すぎる3人の所に所長と橋本は逃げ込んだ。やめとけばいいのに。
夢で見たことを所長に聞いてみたら、やっぱり同じ光景を見たと言っていた。それで、結城さんを問い詰めようとして朝からケンカしてしまったらしい。『覚えてねえよそんなの』と言われたそうだ。怪しい。
朝食に行くと、
今日、帰り頃に雪がたくさん降りそうだから、
気をつけてね。
と平岸ママが言った。なので、帽子に耳あてにコートに手袋にブーツと完全装備で学校に行った。クラスのみんなも同じような服装で学校に来た。
帰りに研究所に行きたかったのに、狙ったように吹雪になった。視界が雪で真っ白。強い風と共に雪つぶてが飛んできて顔に当たる。息ができない。私は帰り道で何度も立ち止まった。息苦しさと風の強さに負けて進めなくなるのだ。
懐かしい!この吹雪!
人が苦しんでいる時に苦難を懐かしがる幽霊。
ムカつく。
真っ白で前が見えない!キャー!
人が遭難しかけてるのになんで楽しそうなんだ!?
後で覚えてろと思いながら雪の中を歩いた。風が強くて、平岸家までたどり着けるか心配なくらいだった。なんとか着いた時にはほっとした。平岸ママが私のコートについた雪を払って、ココアを作ってくれた。ものすごくチョコレートっぽくて濃くて甘いやつ。
所長に『吹雪で外出れない』と送ったら、
結城はあの頃、お金を持ってそうな女性と付き合って、
貢がれていたらしい。
呆れてものも言えないよ。
という返事が来た。昔のことを少し聞き出したらしい。若い頃の結城さん、顔だけはきれいだったから。今でもおじさんにしてはきれいすぎるくらいだし。
リオのことを思い出したので、今日の吹雪ぶりを写真に撮って送ってみた。
しばらく誰とも付き合わないで自分を見つめ直したい。
と言ってきた。いろいろあったんだろうな。
修平がテレビの間にいた。本当は図書室にいたかったのに、雪がひどくなるから早く帰れと河合先生に言われたらしい。
やっぱ天候に生活振り回されるんだなあ。
北海道の冬って感じだなあ。
それから、父親(修二だ)が防寒グッズを買いすぎたという話を聞かされた。曲があまり売れてなくて暇そうだということも。
修二はなんで所長に優しいんだろうね。
普通の男子って、子供の相手したがらなくない?
私は聞いてみた。
親父もさあ、親いないんだよ。
ススキノとか、中島公園のあたりとか、札幌の南側を転々として育ったんだって。それで最終的にママさんのアパートに転がり込んだんだって。
行き場がないっていう意味では同じ立場だったんだって。だからほっとけなかったんだろうね。
そうだったのか。奈々子さんの夢に出てくる修二は、すごく大人っぽくて落ち着いた人に見えるけど。
全然大人っぽくねえよ。
うちで一番子供っぽいって。
ママさんによく怒られてるもん。
修平はそう言って笑った。
仲のいい親子なんだなと思った。
私は自分の親(バカの方)に、90年代ってどんな時代だった?と聞いてみた。
昔の倫理観が崩壊したとか、よく言われていたような気がするなあ。ちょうどネットが出てくる前で、価値観が変わる頃だったんだな。でもあんま覚えてないんだよな。一番忙しかった時期だからな。カントクの劇団立ち上げて、はじめは無名だから必死でさあ、しかも由希と付き合ってると、嫉妬する男と変な記者からの攻撃も凄まじかったし、それに俺に惚れて追っかけてくる女優もたくさん──。
だんだん武勇伝になってきたので途中で読むのをやめた。聞く相手間違えた。
奈々子に文句を言いたいのに出てこない。だから話も聞けない。
あの後所長はどうなったのか。そもそも会ってるの夜だけだし、昼間はどこにいてどんな目にあっていたのか、想像すると本当に怖い。当時は今と違って、虐待の対策とかもなかったのかもしれない。
吹雪はなかなかおさまらなかった。すぐ近くのアパートに帰るのも不安なくらい、強い風が横殴りに雪を当ててくる。
平岸ママが『ロールキャベツ作るの手伝って』と言ったので、茹でたキャベツでひき肉だねを巻いてようじを刺す作業をした。あかねは絶対やってくれないと平岸ママは言っていた。
小学校の頃から少しずつ料理を教えてたんだけどねぇ。
中学あたりからもう反抗して言うこと聞かなくなっちゃって、今じゃ何も作れないんじゃないかしら。
せっかく教えてくれる人がいるのにもったいないと思った。でも、平岸ママを張り切らせると『毎日特訓!』とかされそうで怖いので、料理習いたいとは言えなかった。
リオは独学で料理を学んだらしい。パパ達のために。
目的はともかく努力は尊敬する。
夕食後、カッパを盾にして雪を防ぎながらアパートの部屋に戻った。修平は雪があまり怖くないらしい。『かえって面白い』とか言ってた。やっぱ池に住んでるからだろうか。




