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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年10月

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2015.10.23 研究所


『所長』が、珍しく朝降りてきた助手と一緒に朝食をとろうとしていたとき、窓ガラスを叩く音がした。助手は驚いてトーストを落としそうになって慌てていた。


 窓に、シワだらけの老人がへばりついていた。

 この寒い朝にパジャマ姿で上着も着ていない。痩せて顔色が悪いが、色の薄い目だけははっきりと開いていて、見慣れていないと怖い。


 久方は慌てて外に出ると、老人を部屋のヒーターの前まで引っ張っていき、普段は飲まない緑茶をいれてきた。米田はコーヒーが嫌いだからだ。


 老人は米田といって、草原の道の向こうに住んでいるのだが、ボケていて、たまに家から抜け出してふらふらと徘徊する。なぜかこの建物の近くによく来る。だから久方は慣れているのだが、助手はいつまでたっても対応する気にならないらしい。困ったものだ。


 一郎は味噌汁を食わんのか。


 米田は、久方を死んだ長男と間違えている。本物はだいぶ前に交通事故で他界したと、次男から聞いている。


 今日もその次男夫婦が迎えに来た。車の後部座席に乗せられた後、いつものように、


 一郎は帰らんのか、


 と聞かれた。

 これから仕事だから、と嘘を答えた。実は、今日は調子が悪いから部屋にこもろうと考えていたが、米田さんの出現で気が変わった。頭がはっきりしているうちにやったほうが良さそうなことをいくつか思い出した。



 大変だなあの夫婦。



 助手はとっくの昔に朝食を食べ終えて、すれ違いざまに呟いて二階に戻った。久方が食べ始めたとたん、ピアノが始まった。珍しくモーツァルトだったが、悲しげなピアノソナタ8番だった。


 これを聞きながら食べろって……。


 久方は手に取りかけていたトーストを置いて、天井を見上げた。


 誰もが、自分に向かって他人の話をする。これはお前の話だと言って、全くの別な人間の話をする。それは違うと自分が言っても、それは理解されない。まるで、自分の姿はだれにも見えず、声も聞こえていないかのようだ。

 久方は今までに会った人を何人か思い出し、ボケた老人のほうがまだ理解できると思った。少なくとも、朝っぱらからこんなピアノを弾く助手より、あの一家のほうがずっとまともだ。




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