表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年10月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

563/1131

2016.10.27 1979年

「菅谷の家で勉強会するんだけどさ」

 橋本古書店。新道が控えめに言うと、本を読んでいた橋本が横目でにらんできた。

「橋本も来ない?」

「ハァ?」

 橋本がきつい声をあげた。

「なんで菅谷ん家なんか行かなきゃいけねえんだよ?」

「だって試験が近いじゃないか」

「だから何だよ?」

「菅谷は頭いいし」

「あいつは頭なんかよくねえって」

 橋本が言った。

「成績がいいのと頭がいいのは違うんだよ」

「どう違う?」

「何が起きても上手く対処出来る奴が頭のいい奴。お前、どうせ根岸を連れてこいって言われたんだろ?俺じゃなくて」

「なんでわかった?」

「わからねえ馬鹿がいるか?」

「おい、お前、もっと優しく話せ」

 ハタキを持っていた店主が注意した。

「うるせえって」

「しかしそれは聞き捨てならねえなぁ」

 店主が新道に向かってニヤッと笑った。新道は言われた意味がわからず、橋本を見た。

「お前本当にわかんねえの?」

 橋本が尋ねると新道は、

「わかんない」

 と言った。

「あのなあ、菅谷は嫌な奴だけどな、金持ちの息子で、女の子からラブレターをもらうくらい顔だけはいいんだぞ。そういう奴が根岸を家に呼ぶんだぞ。女は見た目と金に弱いんだぞ」

 橋本が言うと、新道の顔が少しずつ悲しみを帯びてきた。

「ごめんください」

 初島が店に入って来た。不要になった本を数冊抱えていた。

「あら、新道。ここで何をしているの?」

 初島が新道を怖い目でにらんだ。

「菅谷ん家にムググググ」

 橋本が慌てて新道の口をふさいだ。

「菅谷が何?」

「菅谷が根岸を狙ってるって話だよ」

 橋本は曖昧にごまかした。

「そんなわかりきったことを話すのに、なぜ慌てて口をふさぐ必要があるの?」

 初島の声は冷ややかだった。

 わかりきったこと。

 そうだったのか。

 全く気づいていなかった新道は衝撃を受けていた。

 菅谷もナホちゃんが好きなのだ!

「お前何しに来たんだよ?」

「私は客よ。本を売りに来たの」

 初島は本を店主に渡した。店主は机に向かってそれを吟味し始めた。

「お前、まだ何も思い出せねえの?」

 橋本がお決まりの質問をした。新道は黙って首を横に振った。

「いいか、根岸を菅谷に渡すんじゃねえぞ」

 橋本は小声で言った。新道は急に目を覚ましたかのように顔を上げた。

「後で、根岸が買ってった本のリストを見せてやるよ」

「えっ?」

「言っとくけど作ったのは俺じゃなくて親父だからな?」

 橋本は父親を見て顔をしかめた。

「客の好みを勝手に記録してんだよ。気味が悪いからやめろって言ってんのに。まさか役に立つ日が来るとはな。それ見てお前、根岸の好みを研究しろ。頭使わねえと金持ちには勝てねえぞ」

「何してんのお父さんムググググ」

 店主に向かって叫ぼうとした新道は、また橋本につかみかかられた。

「あんた達さっきから何してんの?」

「なんだ?ケンカか?」

 初島と店主が同時に2人を見た。

「何でもねえって」

 橋本は言いながら新道を店の奥に引っ張っていった。

「お前は絶対に、根岸から離れるなよ」

 橋本が改めて言った。

「菅谷と2人きりにさせないようにしろ。わかったか?」

「なんで?」

「なんでとはなんだよ?」

「なんで橋本がそんなことを気にする?」

「俺は菅谷が嫌いなんだよ!ビルに来られるのもうっとおしいんだ本当は!」

 新道は橋本をじっと見た。そして、

「わかった。やってみる」

 と言って、店を出ようとした。

「おい新道。今日も家で飯食っていけ」

 店主が声をかけた。新道は目を輝かせながら店の奥にある台所に消えた。新道は店主に気に入られていて、最近よくここで食事をしていくようになっていた。

「気に入らない」

 初島が小さくつぶやいた。

「新道の親はまだ見つからんのか」

 店主が初島に尋ねた。

「見つかるわけないじゃない。ねえ?」

 初島は橋本の方を見て、奇妙な笑い方をした。何かを知っている、そんな顔だ。橋本は初島とは長い付き合いがあるので、こういう顔をするときは何か企んでいるとわかっていた。

「おい」

 橋本が初島に言った。

「余計なことすんじゃねえぞ」

「え?何それ?わかんな〜い」

 初島はふざけて言った。

「150円にしかならんが、いいかい?」

 店主が小銭を出しながら尋ねた。

「値段がついただけマシね」

 初島は言い、小銭を受け取ると、また橋本に笑いかけて店を出ていった。

「しかし新道は災難続きだなァ」

 店主がつぶやいた。

 橋本は何も言わずに、新道の後を追った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ