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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年10月

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2016.10.25 火曜日 どこかの森の中


 またあなたですか?どうしてここにいるんですか?


 色彩のない森の中。

 新道先生は、久方が木の下にうずくまっているのを見て顔をしかめた。


 僕にもわからない。


 久方はつぶやいた。


 でも、これが正しいと思うんです。


 何も正しくありませんよ。1%も正しくありません。

 しかしなぜここに()()()()()のだろうな。

 ここに来られる者はごく限られているはずだが。


 新道先生は一人ごとのようにつぶやいていたが、


 もしや。


 何かに思い当たった。


 久方さん。もしかしたら、あなたは、

 初島の能力を受け継いでいるのではないですか。


 久方が顔を上げた。


 実は私の娘も、水の中で息が出来ます。ナホちゃん、私の妻が水を操る力を持っていたからです。そして、私の力も受け継いだので、風を呼ぶことも出来る。


 娘さんがいるんですか?


 ええ、ですから、もしあなたが同じように母親の力を受け継いだと仮定すると、生きている身でありながら死者の領域に入れるのも不思議ではないかもしれない。

 初島の力はそれは強大なものでしたから。


 そんなこと、どうでもいいんです。


 久方はまた暗い顔でうつむいた。


 今みんなに必要なのは橋本なんです。

 ヨギナミも。あさみさんも。


 新橋さんはどうしました?


 新道先生が尋ねたが、久方は黙ったままだった。


 ここに来てしまった理由は、

 それだけではなさそうですね。


 僕は──、


 久方がはっきりした声を出した。


 自分が生きていていいとは、どうしても思えない。


 久方の耳にまた、あの恐ろしい声が聞こえ始めていた。



『おこがましいのよ、人形のくせに意志を持つなんて』



 こないだ言われた通りだ。誰だって生まれてきたら生きていていいし、生きるしかない。

 頭ではわかってるんです。だけど──。


 そこで『だけど』と言ってしまうくせがついていますね。

 正しいのは『だから』です。


 国語の問題じゃないんですよ?


 いや、案外国語の問題かもしれませんよ?

 あなたが抱えている問題は。


 何言ってるかわかりませんよ!?


 久方は叫び、新道先生は笑い始めた。


 わかりますよ。上っ面の言葉だけじゃなくもっと深い問題だと言いたいんでしょう。

 はっきり言います。そんなのは甘えです。

 さびしがってかまってくれかまってくれと言いたいがために、なぜか高尚な精神を語りたがる。そういう人は私の時代からたくさんいましたよ。みんな未熟な甘えん坊です。

 それは大人のすることではない。

 国語が、言葉が上っ面なら、精神だって似たようなものです。体調に絶えず揺り動かされている、不安定なものですからね。どうも、きちんと生きていない人ほど精神だのもっと深いものがあるだのと言いたがるが、実際に問題なのはむしろ体調と、日々の暮らしをきちんと整えていないことですよ。それなしでいくら長話をしても、問題は解決しません。

 だから私は橋本に、あなたの体を使うなと言ったんですよ。身体感覚を失えば魂も失う。幽霊が言っても説得力がないかもしれないが、生きているというのは体が生きているわけですから。


 じゃああなたは何者なんですか?

 橋本や奈々子さんも。


 さあ、何でしょうか。

 私にもわかりませんね。


 新道先生は怖い笑い方をした。未知の生命体のような。

 久方はゾッとした。


 でも、自分がどうしてここにいるかなんて、

 わかっている人間がそもそもいるんですか?

 ──おっと、修平君が呼んでいるようだ。

 無駄話はここまでです。


 無駄……。


 無駄ですよ。何度ここに来ようが、

 私に飛ばされるだけですからね!


 新道先生がまた風を呼び、久方は宙に浮いた。


 いいですか。

 もう二度とここに来てはいけませんよ!

 優しい対応は二度目までです!

 次に()()()()()()本気で教育的指導をします!


 先生らしからぬ乱暴な言葉が出た。


 これのどこが優しい対応なんですかああああ!?


 久方は叫びながら、地平線の向こうに消えた。








 頭が重い。胸が苦しい。

 久方はそう思いながら目を覚ました。視界が白いもので覆われていた。見ると、頭にシュネーが乗り、胸の上にはかま猫が丸まっていた。


 僕はコタツじゃないんだぞぉ。


 間抜けな声を出しながら起き上がると、猫達は廊下に走っていった。夜になっているらしい。外は暗い。電気がつけっぱなしになっていた。久方はベッドから出て窓のカーテンを閉め、重い足取りで1階に向かった。


 またこの世に戻されてしまった。

 全く嬉しくない。


 1階では、結城がピザを食べながらテレビを見ていた。


 おう、やっと起きたのか。

 半分取っておいてやったぞ。


 結城が笑いながらピザを手で示した。


 いらないよ。


 久方は言って、カウンターの席に座った。スマホには早紀から、今日の様子を知らせる文面が大量に来ていた。橋本とは合わないらしい。奴が言った言葉の全てに『私は反対』『私は気に入らない』『私は嫌い』などの文がくっついていた。母親のことをしつこく聞かれたのも気に入らなかったらしい。


 所長、これ以上橋本に体を使わせちゃダメですよ。

 奈々子も同じことを言ってましたよ?

 橋本は、所長が引っ込むから仕方なく出てくるんだと言っていましたが、本当ですか?


 本当だ。

 自分が生きていていいか確信が持てないからだ。

 しかし、早紀まで新道先生と同じことを言うとは。


 気をつけるよ。


 久方はそれしか言えなかった。今日起きたことは話さない方がいいだろうと思った。早紀に不安を与えたくない。

 そうだ、早紀のためなら何でもやると決めたばかりだったのに、なぜこうすぐに落ち込んでしまうのか。

 あの人の言葉が強すぎるからだ。

 久方はまた、あの力に飲まれそうになるのを感じた。邪悪さを振り払うために、また大好きなバーバラ・ボニーのCDをかけて、じっとその美声に耳を傾けた。

 自分にあの人と同じ力があるかもしれないと新道先生は言った。しかし、久方にはとてもそうは思えなかった。バーバラの歌のほうがよっぽど強い力を持っているように思えた。

 久方は不意に、与儀あさみのことを思い出した。今日は一緒ではなかったはずなのに、体に誰かを想う暖かさだけは残っているようだった。


 でも、これは僕のものじゃない。


 久方は胸に手を当てた。これはきっと、昼間橋本が感じ取ったものの残りだろう。あいつはあさみさんと通じ合っているから。

 2人を会わせ続けなければいけない。

 久方はそう感じていた。まわりはみんな反対しているし、自分を失うかもしれないけれど。




 

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