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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年10月

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2016.10.23 日曜日 ヨギナミの家

 ヨギナミがバイトから帰って家のドアを開けると、キッチンの入口近くに母が倒れていた。


 お母さん!


 慌てて駆け寄ってゆすってみたが返事はない。救急車を呼ばなくては。でも、こんな所まで来てくれるだろうか。ヨギナミは携帯を取り出してかけた。その時、床に封筒が落ちているのが見えた。

『裁判所』

 の文字が見えた。

 全身が引きつり、心臓がバクバク鳴った。

 電話がつながり、『母が倒れたんです』とヨギナミは言った。しかし、言葉がうまく出てこない。なんとか住所を伝えた。救急車はなかなかやって来なかった。母に呼びかけても全く反応しない。床に落ちている封筒は、怖くて今は見れない。

 やっと救急車が来たとき、ヨギナミはショックで立ち上がれなくなっていた。救急隊員に助け起こされ、母と一緒に車に乗った。病院までの時間は永遠のように長く感じられた。母の顔は真っ白だった。もう、生きているようには見えなかった。


 親族の方はいないんですか?


 病院の人に聞かれてヨギナミは困った。


 書類を書いていただかないといけないんですけど。

 ご両親の親戚の方は?


 いないんです。


 ヨギナミは震えながら答えた。スタッフはあからさまに困った顔をした。


 あの、でも、


 ヨギナミは急に思い出した。


 母の友人が秋倉にいるので、もしかしたら。


 ヨギナミは平岸ママに電話してみた。


 今すぐそちらに行きます!


 平岸ママはそう言って電話を切った。ヨギナミは受付の椅子に座って待っていた。そこは暗くて、顔色の悪い人が多くて、空気は淀んでいた。母はしばらく入院が必要だという。いや、もしかしたら、もう出てこれない可能性すらあるという。


 なぜもっと早く連れてこなかったんですか?


 医者はそう言ってヨギナミを責めた。ヨギナミは泣きそうになるのを必死で抑えていた。入院にはお金がかかる。母が嫌がろうと何だろうと、貯金に手を付けねばならない。それも大した金額ではないことはわかっている。


 奈美ちゃん!


 救いの神の声がした。平岸夫妻が揃って現れた。後ろにスギママまでいた。

 平岸ママとスギママはすぐに医者の所へ行った。平岸パパがヨギナミの隣に座った。


 辛かったなあ。

 あとは俺達に任せるんだ。わかったね?


 平岸パパが優しく言った。

 ヨギナミはこらえきれずに泣き出した。





 混乱しきっているヨギナミから封筒のことを聞いた平岸パパは、中身を確かめるためにヨギナミの家に向かった。

 確かめるまでもない。

 それが何かはもうわかっていた。

 あの奥さんも、今さら残酷なことをするものだ。平岸パパは重い気持ちでいた。親の行いのつけを、こんな形で子供に支払わせるのはよくない。しかし、世間は間違いなく奥さんの味方をするだろう。世の中は個人の人生における細かいニュアンスなど歯牙にもかけない。外形だけを見て、自分の基準に合わなければ容赦なく攻撃してくる。

 車を降りた平岸パパは、家の電気がついていることに気がついた。中に誰かいる。

 まさかこんな所に泥棒か?

 平岸パパはそっと玄関に近づいて、ドアを開けた。

 そこには久方がいた。床に座って、あの封筒の中身を勝手に見て、青ざめた顔をしていた。


 不倫訴訟の書面だろう?


 平岸パパが声をかけた。久方らしき人がはっとして振り向いた。


 そんなことだろうと思ったよ。


 言いながら近づいて、書類を手にとって読んだ。予感は当たっていた。


 裁判は無理だって、俺が伝えてみるよ。

 実際あさみさんは意識がないからね。


 そうなのか?


 おっさんが呆然と口にした。

 それで平岸パパは気づいた。これは幽霊の方だなと。


 俺もまだ詳しくは聞いてないが、かなり重いらしい。

 今、母さんと奈美ちゃんが付き添ってる。


 俺も連れて行ってください。


 おっさんが言った。


 どうせ母さんを迎えに行くからね。乗りなさい。

 しかしなあ。


 平岸パパが書面を見ながら言った。


 母さん達がこの書面を見たら、

 怒り狂って何をするかわからんなあ。





 平岸パパの言った通りだった。

 洋子は書面を見たとたん、


 やってくれたわねあの女!!


 と大声で叫んでスタッフに注意され、その後保坂の奥さんに電話をかけまくり、


 くそっ!出ない!


 と叫んでまた怒られ、スギママと平岸パパになだめられて、しぶしぶ一人で家に帰ったのだった。彼女には『平岸家で学生の朝ごはんを作る』という大事な仕事がある。仕方ないのだ。






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