2016.10.22 土曜日 サキの日記
札幌は寒かった。最高気温すら10度に届いていない。私と修平は真冬のコートを着ていた。あかねに『早すぎ』と言われた。カフェで高条と合流。
平岸パパの車で、まず北海道神宮に向かった。
前は湯葉が美味い店があったんだけど、
閉店しちゃってなあ。
平岸パパが駐車場に入った時に言った。
昔はねえ、
そこの小屋であんこの入った餅を焼いてて、
一人一個無料で食べれたんだよ。
今思うと信じられないくらい、
気前のいいことしてたんだよなあ。
食べ物の話ばっかしてんじゃねえよ。
あかねが怖い声で文句を言った。外は曇り。予報は今日も雨が雪だ。境内には中国語っぽい言語を話す観光客がたくさんいた。手を洗う所の手前で修平が立ち止まり、参道の砂利道をじっと見ていた。新道がとなりにいた。何か思い出話でもしてたんだろうか。あまり聞きたくないので、動画を撮っている高条と、やっぱり資料画像を撮りまくっているあかねを手伝った。
来た!来たわよ!
神聖な場所からのインスピレーションが!!
神に仕える美少年が──。
あかねがはしゃぎながら天を仰いだ。しかし、
パワースポットでやばい妄想すんのやめろ!!
高条に叫ばれていた。
入る前に入口で一礼してる人がいたので、私達も真似をした。中にも観光客がたくさんいた。少し並んでから二礼二拍手一礼した。太宰府と同じように幽霊をなんとかしてほしいと願った。
ね〜、遠回りになるけどさ〜。
あの真っ直ぐな道歩いてきていい?
修平が正面の長い砂利道を指さして言った。駐車場とは違う方向に伸びている道だ。私はめんどくさいと思ったけど、高条とあかねが乗ったので断れなかった。
ここって真ん中通っちゃいけないんだよね?
真ん中は神様が通るから。
と修平が言った。
おっ、よく知ってるなあ。
平岸パパが嬉しそうに言った。私達は道の端をゆっくりと歩いた。でも、海外からの観光客は何も気にせずに真ん中を歩いて、立ち止まって写真撮影したりしていた。
変わったなあ。昔はこんなに人はいなかった。
奈々子の声がした。
神崎さんの家はここの近くでしたね。
歩いて20分でしたっけ。
新道が余計なことを言った。修平がすぐさま、
行ってみる?
と聞いた。でも奈々子は、
ううん、やめとく。
と答えた。
たぶんもう、あの建物はなくなっていると思う。
持ち主だったおばあちゃんが死んだのは確認済みだから。
どうやって確認したんだ。
私の体とスマホ勝手に使ってないだろうな?
少々ムカついてた所に、修平が高条とあかねにこの話を全部バラしてしまったので、
行こう。
と高条に言われてしまった。歩きたいと修平が言ったので、平岸パパとはいったん別れることにした。私達は北1条通を東に進み、大きな鳥居のある場所に出た。小学校があった。
ここ、私が通ってた学校。
奈々子が言った。
え?円山?ここ円山でしょ?
金持ちのお嬢様だったの?
セレブとかいない?
あかねが変な声をあげた。札幌の中では、金持ちが多いイメージがあるらしい。
金持ちはごく一部で、あとは普通の人だって。
イメージが先行しすぎてる。
元々そういう地区じゃないよ、この辺は。
うちも貧乏な自営業だったし。
という言葉をあかねに伝えたら、つまんなさそうな顔をした。私達は大きな交差点を通り、さらに東へ、かなり歩いた。
やっぱり、なくなってる。
その場所は、駐車場になっていた。奈々子が住んでいた『祖父母が建てた小さなビル』はもう取り壊されていた。
悲しい。
あかねがつぶやいた。
ごめん、せっかく来てくれたのに、私──。
なんとなくまた泣きそうな雰囲気だなと思ったけど、そこで奈々子の気配は消えた。
ここからだと西18丁目が近いかな。
地下鉄で大通まで行って、岩保さんとこ行こう。
高条が何の感傷もなく次の目的地の説明をした。
ポット君を作った人に会いに行くのだ。
私達は地下鉄の駅に向かった。新道もいつのまにか消えていた。でも修平は駅に着くまでずっと『辛いなあ』『かわいそうだなあ』とつぶやいていた。
家がなくなっていた。
家族もどこかへ行ってしまった。
さすがにそれは私もかわいそうだと思うけど、でも、もう死んでから18年も経っているのだ。遺族だって前に進みたいはずだ。
岩保悠斗さんは、札幌市中心部の高層マンションに住んでいた。室内は暗く、全ての窓が塞がれていて、間接照明だけで照らされていた。昼間なのに夜のような場所。そこで、ポット君に似た『ぽっつー』というロボットに出迎えられた。ポット君と全く同じ形だけど、頭のアンテナ/スイッチが星型になっていた(ポット君は丸い)。
岩保さんは真っ白な顔で、細くて、けっこうイケメンだった。ジャニーズって言っても通りそうな顔。パソコンや基盤、パーツが大量に並んでいるデスクがいくつもあって、今も何か組み立てているようだった。
僕ね、日光に当たれない病気なんだ。
だからこんなとこに住んでる。
と言った、それから、
久方の友達だよね?
と私に言ったので驚いた。所長が言ってた『札幌の友達』はこの人のことだったらしい。どこで知り合ったんですかと聞いたら。
病人ネットワーク。いや、槙田っていう友達の紹介。
槙田はドイツで会ったって言ってたよ。
ドイツ。ドイツで何かあったのか。
やっぱりあのパステル画の女の人か。
私はそのことも聞いてみたが『それは知らない』と言われてしまった。でもなんとなく何かを隠しているような感じもした。本当は知ってるんじゃないだろうか。
高条と修平がポット君の構造を知りたがったので、岩保さんが説明を始めた。しかし、理系の話っぽくてよくわからないので居眠りした。そこで、
来た!来たわよ!インスピレーションが!
あかねの叫びで飛び起きた。
近未来!美少年のロボットが大量生産される時代!
人間の青年との道ならぬ恋!
全員沈黙してしまった。
可能性としてどれくらいあります?
そういうロボットが作られる可能性。
高条が変な質問をした。
う〜ん、技術的に可能でも倫理的にどうかな?
ていうか僕は絶対作りたくない。
岩保さんが苦笑いして言った。
え〜!いいじゃないですか。男向けのセックスドールがあるんだから、女向けの美少年ドールがあったって。できれば2体作って絡ませるのがベスト──。
だからそういう話を他人の家でするなって!
修平が叫んだ。ほとんど悲鳴。
俺らがエロ話したらお前らだって怒るだろぉ!?
すみません。平岸を連れてきたのは間違いでした。
高条がかなり本気で岩保さんに頭を下げた。岩保さんはやや引きつった笑みを浮かべていた。
男子2人を置いて、私とあかねは札幌駅のステラプレイスに向かった。狸小路には近づかないほうがいいと思った。せっかく引っ込んだ奈々子を刺激したくないし、所長と2人でさまよっていた場所を見るのは、私も辛い。
佐加が、キャスキッドソンの何かを買って来いって。
あかねがスマホを見ながら言った。私達は店を探し、花柄の海でさんざん迷って、ハンドクリームを買った。
あたし、高校を卒業したら札幌に出るわ。
いや、東京の方がいいかな。
あかねが、吹き抜けから駅の入口を見下ろして言った。
はっきり言って、マンガはどこでも描けるから。
住む場所は自由よね。
なんでそんなに自信があるんだろう?生活費どうすんの?と聞いたら、
それが問題なのよね。
同人誌の収入はあるんだけどなあ。足りないなあ。
あかねがこんな切ないというか弱そうな声出すのは初めて聞いた。
結局家でマンガ書き続けることになるのよね。きっと。
でも兄貴が結婚するし、林音さんも来るし、
あたしがいつまでもいちゃジャマでしょ?悩む〜!
あかねでも悩むことがあるということを知った。
あんたはどうすんの?これから。
さあ。
さあって何よ。もう2年の後半に入ってんのよ。
本当に、どうしていいかわからなかった。はっきり言って今、進路どころじゃない。幽霊問題が重い。
どうやったら成仏してくれるんだろうなあ。
わかんないわねえ。
私達はしばらく人が多すぎる札幌駅を眺めていた。でも、疲れたしお腹すいたので、近くの店に入ってパフェを食べた。写真を撮って所長に送った。岩保さんに会ったことも伝えた。
店を出ようと思った頃に、高条と平岸パパから同時に連絡があった。駅の近くまで来てるということだった。少し歩いた所、駅前通りから少しずれた所にあるイタリアンバーに行って、そこで夕食を食べた。
岩保さん霊感強い人らしいよ。
俺のこともサキのこともわかるって言ってた。
修平が言った。ちょっと疲れているように見えた。
ロボット作る人が幽霊とか妖怪の話し始めたから俺どうしようかと思った。しかも『関係あるんだよ。みんな関係がある。ロボットもお化けも』って真面目に言ってたんだよね。
高条が言いながら最後のピザを取った。
私が狙ってたのに!
ロボットなんてどうでもいいわよ。
どうしたら幽霊が消えるかでしょ?問題は。
あかねが言った。
未練とか。でもなあ。
初島の言うことが本当に正しいかどうか。
修平が『初島』という言葉を口にした時、私の中で何かが震えおののいた。たぶん奈々子が怖がっている。自分を殺した女の名を聞いて。
久方さんの幽霊をなんとかしなきゃいけないんだよね?
高条が言った。
その久方さんの幽霊が気にしてんのはヨギナミの母親。
でも俺、一番まずいのは、
久方さん本人じゃないかと思うんだよね。
修平が言った。
どういう意味?
私は尋ねた。ちょっとムカついた。
一人で生きていける感じがしないんだよあの人。
たまに会う俺ですら、
やべえ、成長してねえって思うもん。
一人にしておけないとおもっちゃうんじゃないか。
幽霊も。
そんなことないって。
所長はちゃんとした大人なんだから。
大人になれない美少年。やがて目覚めるのよ。
ウフフフフ。
あかね、それ以上妄想したら殺します。
まあまあまあまあ。
平岸パパがなだめに入った。メニューをみんなに見せて、『デザートでも頼もう』と笑顔で言った。私とあかねはジェラートを頼んだ。修平はいらないと言い、高条は『ここのまずそう』と言いながらコーヒーを頼んだ。
つまり高谷は、久方さんが自立しないと幽霊は成仏できないと考えていると。
高条が尋ねた。
うん。それとヨギナミんとこの話ね。
ここもいろいろ複雑なんだよな〜。
で、お前らんとこの幽霊はどうなの?
先生は橋本が心配って言ってる。
あとたぶん俺のことも。体弱いから。
修平が気まずそうに言った。
じゃあお前は筋トレして強くなれば?
そういう問題じゃねえよ。
サキは?どうなの?
あかねが尋ね、全員がいっせいに私を見た。
え〜と、
私は困った。
たぶん、奈々子さんは所長が心配なんだと思うけど。
とりあえずそう答えておいた。『やっぱ久方か〜』と修平が言い、それからみんなで最近の所長の話をした。今日はそればっかみんなで話していたような気がする。
平岸家に着いたのは8時頃だった。疲れたのでお風呂に入ってすぐ寝ることにした。なんとなくベッドでまどろんでいたら、
私が心配なのは、あなたよ。
という声がした。
勝手に心配して取りついてんじゃねー。
私は半分寝ながら言った。
そのまま寝て、
夜中の3時に起きてしまったのでこれを書いてる。
どうしよう。
それって、私をなんとかしないと、
奈々子はいなくならないってこと?
でも何をどうしろと言うんだ。
もうわけがわからない。




