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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年10月

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554/1131

2016.10.21 1998年

 札幌の地下街、オーロラタウン。

『インターネット体験コーナー』というものがあり、数台の、四角くて大きなパソコンが置かれていた。奈々子は友人の元子の誘いでここに来て、『マクドナルドでハンバーガーを100個頼んだ話』を読んで爆笑していた。誰が書いた文か知らないが、店員との珍妙なやりとりや、食べ過ぎで苦しむ様がおもしろおかしく書いてあった。

「店員かわいそう」

 奈々子が言った。

「でもこれ本当にやったの?誰が書いてんの?」

「全然普通の人らしいよ」

 元子が言った。

 よくわからない新技術に盛り上がっていると、

「あれ〜?奈々子じゃん」

 後ろから嫌味なあいつの声がした。

 奈々子が振り返ると、そこにはナギがいた。

「ナギ!!」

 奈々子は敵を見つけたような顔でナギを呼んだ。

「えっ?誰?」

 元子はナギの金髪を見て驚いたようだ。茶髪すらまだ『けしからん』と言われていた時代だ。

「音楽教室の知り合い、ハーフ」

 奈々子は説明しながら、少しずつその場から離れようとした。

「あ、私もう帰るから気にせず」

 元子はわざとらしく言ってから、

「後で説明しろ!」

 と奈々子の耳元でささやき、オーロラタウンを走り去った。

「あんたさ、俺を友達に会わせんの嫌だったんでしょ?」

 ナギが言った。

「そんなことは──ある!ごめん!うちの学校の人、あんたみたいのに慣れてない」

 奈々子は手を合わせて謝った。

「俺()()()()ね」

 ナギは白けた顔で口にした。

「これから修二探そうと思ってんだけど、一緒に来る?」

 奈々子は驚いた。珍しい。ナギが自ら修二の所に行こうとするなんて。

「行く!あ、でも」

 奈々子は腕時計を見た。4時47分。そろそろ創成川に行かないとまずい。

「先に親戚の子預かりに行くからなあ。あんたがいると怖がられそう」

「さっきから俺に容赦ないね。大丈夫だって。子供を取って食う趣味はないから」

 ナギは笑って言ったが、奈々子は心配だった。創くんがナギを見たら、怯えて逃げてしまうのではないか。話のわかる橋本だったらまだいいかもしれないが。

 2人はテレビ塔の手前から地上に出て、創成川沿いに向かった。

 5時。いつも創くんが来る場所で向こう岸を眺める。

「何を見てんの?」

 ナギが尋ねた。

「何も見てない。考えてる」

「考えてる。何を?」

「私、なんでここにいるんだろうって」

「嫌なら帰ればいいじゃん」

「そういう意味じゃないでしょ?どうして存在してんのかなってこと」

「それ考えてなんかいいことあんの?」

「ないねぇ」

「じゃ、やめれば」

「やめられるようには生まれてないみたい。私、物心ついたときから、考え事がやめられない。心ここにあらず。だから不器用なのかな。何をやっても上手く出来ない。出来るのは歌くらい。そうだな、歌ってるときはあまり考えてないかも。音を感じるのに夢中で」

 奈々子は道の向こうを見た。創くんは来ない。

 何も起きていなければよいが。

「いつまでここで待つの、そのガキんちょ」

 ナギがイライラした様子で聞いた。

「6時までは待つことにしてる」

「今日寒いよ。待ち合わせ場所店とかに変えたら?地下街とかさあ。そもそもそのガキんちょ何者?親戚なんて嘘だよね?」

「あんたに説明できる話じゃない」

「修二には話してんのに?」

「修二はわかってるもん」

「何を?」

「上手く説明出来ない」

「じゃあ、自分でもわかってないんだな?自分が何やってるか」

「あんた今日は妙に絡んでくるよね。何で?」

「ナギぃ〜!」

 軽い声がした。川と反対側の道で、派手な赤いコートを着た女がこちらに向かって手を振っていた。ナギも笑顔で手を振り返した。

「うわぁ、出た!」

 奈々子は顔をしかめてつぶやいた。

「出たって何」

「なんでもない。先に修二んとこ行ってて」

「ほんとに6時まで待つ気?」

「待つよ」

「なんで?」

「いいから早く行きなさいって」

 奈々子はナギに背を向けて、また川の向こうをぼんやりと眺め始めた。

 あのガキ、邪魔だな。

 ナギは思いながら、奈々子の側を離れ、狸小路に入った。修二はすぐに見つかった。歌が聴こえてきたからだ。まわりには既に人が集まっていた。

 こんな所でバカみたいな歌歌って。

 ナギは思った。

 でも、奈々子と同じで、声だけはやたらいい。

 何なんだろうな、こいつら。

 ナギは修二な演奏を終えるまでそこにいた。いつの間にか奈々子も近くに来ていた。子供は見つからなかったようだ。

「修二って最高だよね」

 奈々子が近寄ってきてナギに言った。

「そう言いたくなる気持ちはわかる」

 ナギは言った。

「でもこんな歌じゃなくてさあ」

「クラシックやれって?」

「そのとおり」

「やな奴だねえ本当に」

 奈々子は言いながら笑った。そして、また熱心に修二を見ていた。

 この3人で何かするのもありかもしれない。

 ナギは不覚にもそう思い始めていた。




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