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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年10月

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2015.10.21 研究所


 うざい女だな。


 助手が嫌味に顔をしかめながらコーヒーを一気飲みした。久方創は、最近手に入れた(正しくは、助手に持たされた)スマホの画面をじっと見ながら考えていた。

 ここのところ、毎日のように新橋早紀からメールが来る。


 私、秋倉に行こうかな。

 行っていいのかな?


 というのがその内容で、意味を図りかねた『所長』が助手に聞いた返答がこれだ。


 来たかったら勝手に来ればいいのにな。そういう女は厄介だぞ。言うことを聞くように見えても、あとでうまくいかないと俺のせいにするから。勝手に来ておいて『やっぱり来なきゃ良かった〜』うるさいよ!


 所長は全く別のことを考えていた。新橋早紀は頭の回転は早いが子供っぽいし、『女』という言葉が連想できない相手なのだ。たぶんサキから見た自分も同じだろう。話し相手としては気が合うし、来てくれれば楽しいだろう。つまり、自分に恋愛感情を持つとは夢にも思っていないので、助手が自分の女嫌いにまかせて悪口を並べるのを、ぼんやりと聞き流しながら考えていた。


 サキ君は迷っている。

 自分の一言で進路を決めてしまうかもしれない。

『行っていいのかな』という表現が、相手の迷惑になることを恐れているようにも受け取れるのが痛々しいと、似たような考えを持つ癖がある所長は感じていた。来るのはもちろん構わない。だが、若い女の子がこんな田舎に来て過ごすことは、人生に悪い影響を与えないだろうか?行こうと思えば東京のいい高校に転入できるはずだ。頭のいい子だから。

 サキがその『いい高校』で苛烈ないじめに遭っていたことをよく知らない所長は、そんなふうに若い人の将来を心配していた。



 お前、また相手のことばっかり考えてるだろ。


 助手は上下関係を一切考慮しない人間である。見た目が小さくて幼いからナメられているのだろうと所長は考えていて、助手もそれを全く否定しない。



 来てほしいんじゃないの?



 嫌味な声のトーンが急に落ちた。



 なら、待ってるよって言っとけば。他人の人生に責任なんか感じるなって。どーせ俺らオッサンの言うことなんか聞かないよ学生は。勝手に失敗させとけよ。若いのはそれで平気だって。



 助手は部屋を出た。すぐに上からけたたましく乱暴なピアノの音が降り注ぐ。

 ラヴェルのソナチネだ。

 気に入った作曲者なのか、助手はやたらにラヴェルを弾くので、全く知らなかった曲の名前を覚えてしまった。


 散歩でもして考えよう。

 拾った帽子をかぶって外へ出ると、風は思ったより冷たい。その温度と、秋以降の空気しか持っていない独特の匂いのようなものが、長い北の冬がもう近くに来ているのを感じさせる。

 草原の夕暮れは、いつ見ても芸術的なまでに美しい。町の人には見慣れた光景かもしれないが、久方創にとっては、毎日見ても飽きるということがない、心惹かれるものだった。




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