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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年10月

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2016.10.17 1998年

 帰りのバスで、GLAYのTERUが歌詞を忘れたという話題で友達が盛り上がる。それでもかっこいいよねとみんなが言う。奈々子もGLAYが大好きだ。ただし、TAKUROの歌詞のセンスが。今度また中古CDをあさってみよう。でも人気があるから安くはないだろうと思った。

 いつも通りに地下鉄に乗り、大通で途中下車する。帰る気なんてさらさらない。ブックオフで100円コーナーをあさって時間をつぶした。今、高校の同級生の間では『屋根裏部屋の花たち』という小説が面白いと言われていた。奈々子は友達に借りてそのシリーズを読んだ。思いっきり近親相姦の話だったので引いた。ストーリーやキャラクターは悪くないけど、そういう話は嫌だなと思っていた。海外の翻訳物をひととおり見て回る。今日は特に良いものはなさそうだ。

 5時過ぎ、いつものように創成川に向かった。小さな子供がもう来ていて、フェンスの下に座っていた。

「創くん?」

 声をかけたが返事はない。

「大丈夫?」

 顔をのぞきこんで気づいた。

 真っ赤だ。汗もかいている。

「やだ!熱あるじゃん!」

 奈々子は焦った。まずい。病院へ行こうにも、この子は保険証を持っていない。

「歩ける?どうしよう。修二を探さないと」

 創くんは立ち上がることはできた。しかし歩けるのだろうか。どうやってここに来たのだろう?もっと早く来るんだったと奈々子は思った。

 奈々子は創くんの手を引き、狸小路に向かった。

 幸い、修二は既に2丁目にいた。事情を話すとアパートの鍵をくれた。演奏が終わったらすぐ帰るという。奈々子は創くんを引っ張って行こうとしたが、

「うたがききたい」

 と言って動こうとしない。

「駄目だ。今日はうちで寝てろ。後で好きな曲聴かしてやっから」

 修二になだめられて何とか言うことを聞いた。奈々子は修二とユエさんが暮らすアパートへ向かった。1人で来ることになるとは思わなかった。奈々子はそっとドアの鍵を開け、中に入った。前はなかったクマのぬいぐるみが置いてあった。父がパチンコで取ってきたものに似てるなと思った。奈々子は押し入れを開け、いいのかなあと思いながら勝手に布団を引っ張り出して敷き、創くんを寝かせた。

 疲れていたのか、創くんはすぐに寝息を立て始めた。奈々子はこれからどうしたらいいか考えた。母親は何をやっているんだと言いたいところだが、今はそんなことに文句をつけている場合ではない。ここに風邪薬はないだろうか。奈々子は悪いなあと思いつつ、引き出しや棚の中身を探り始めた。何だかよくわからない薬と、コンドームを見つけて顔をしかめた。使ってんのかな、これ。

 ひととおりあさったが風邪薬は見つからなかった。代わりに、マラルメとかエーリッヒ・フロムとかチェーホフとか、そんな本が並んでいるのを見つけた。そうだ、ブックオフで痴漢を追い払ってくれた時も、真面目な本を何冊も手に持っていたっけ。

 奈々子にとってユエさんは『本好きのお姉さん』だった。決してただの風俗嬢ではなかった。世の中一体どうなっているのだろう?

 奈々子も疲れてきた。風邪、きっとうつるだろうなと思いながら、創くんの隣に横になって休み、そのうち眠ってしまった。




「ちょっと、起きなよ。お嬢ちゃん。こら!」

 誰かに肩を強く揺さぶられて、奈々子は目を覚ました。

 目の前にユエさんがいた。

「あれ?仕事は?」

「トラブルがあってね。早めに逃げてきたのさ。まあ〜」

 ユエさんは創くんを見て変な声を出した。

「こんなでっかい子供、いつ産んだのさ?純情な顔しちゃってさあ」

「私が産むわけないでしょ?」

 奈々子は笑いながら起き上がった。そして、事情を説明した。

「風邪薬買ってきてやるよ。子供向けのやつ」

 ユエさんはそう言ってアパートを出て、すぐに薬を持って戻って来た。眠っている創くんのそばに座り、顔をのぞきこんで、

「かわいい子だねえ」

 と言って、美しい微笑み方をした。

「子供、欲しいなあ」

「作れば?」

 暗に『修二と』を含めて、奈々子がにやけながら言った。

「無理だよ。あたしは。体が痛みすぎてて」

 ユエさんが真面目に言った。

「わかんないじゃんそんなの」

 奈々子も真面目に返した。

「ユエさん、母親、向いてると思うよ」

「どこがァ!?」

 ユエさんがおどけたような声をあげた。

「だって面倒見いいし、優しくて強いし。うちの親よりずーっと親向きの性格してるよ」

 奈々子が言った。

「無理だよ」

 ユエさんが創くんを見ながら言った。

「でもこの子、どうしようかねえ」

「初島って何者なんだろう」

 奈々子が暗い目でつぶやいた。

「警察も動かないなんて。実はヤバい組織の人だったりする?」

「あんま深いとこ突っつかない方がいいよ」

 ユエさんが立ち上がった。

「お風呂入ってくる。あんたはゆっくりしてなよ」

 ユエさんは立ち上がり、奈々子に向かってニッと笑うと風呂場に消えた。奈々子は眠っている創くんを見ながら、世の中の残酷さを思っていた。ユエさんみたいないい人が子供を持てず、うちの親や初島みたいな子供に興味のない人たちに子供ができる。この世はどうなっているのだろう?

 心理学の本を読んでも、この問題は解決出来そうになかった。





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