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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年10月

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2016.10.14 金曜日 サキの日記

 朝目覚めた瞬間に叫びたくなった。実際叫んだかもしれない。なぜかはわからないけれど、急に安全な世界が消えてしまったような気がする。何かが変わったわけじゃないのに。いつも通りの平岸家。いつも通りの学校。


 秋浜祭ってハロウィンも兼ねてるからさ〜、

 コスプレしてくる人多いんだよね。

 うちらも今年やるさ。サキもやる?

 衣装はうちで作ったのいくらでも使えるからさ〜。

 一回見に来ね?


 昼休みに佐加が言った。気晴らしになるかもしれないと思って、帰り一緒に浜行きのバスに乗った。あかねも一緒に。

 佐加とあかねがマンガの話をしている間、私はいつか言われた『研究所に行きすぎている』という言葉を思い出した。その通りかもしれない。

 少し距離を置いたほうがいいのかもしれない。

 でも気になる。今頃結城さんがどうしてるかとか、素晴らしい快晴だから所長は散歩に行くだろうなとか。あそこにまだ保坂がいるのが許せない。でもそんなこと口に出せない。

 私が悶々としていても、海は穏やかだ。

 そう、私がどうなろうと景色は変わらない。

 また所長を思い出してしまった。

 コスプレ衣装が並んでいる部屋は、うちの母のクローゼット部屋に似ていた。たくさんのハンガーラックにずらっと並ぶ衣装。違うのは、ホコリも塵も全くなく、きれいな状態で保管されていることだ。

 思い出したついでに佐加にクローゼット部屋の話したら、


 行きたい!今すぐ行きたい!!

 使ってないならちょうだい!


 と騒ぎ始めた。あかねは、


 売ってお金にしちゃえばいいじゃない。

 1つや2つ減っても気づかないでしょ、どうせ。


 とつまんなさそうに言った。意外とブランド物に興味ないらしい。

 あまりコスプレっぽくない普通のワンピースやドレスもあった。その中に、服の真ん中の布地がひねられていて結び目になっている不思議なデザインのドレスがあった。生地は光沢があってパーティー用みたい。


 それさ、けっこう有名なタレントに頼まれて作ったんだよね。だけど出来上がってから『やっぱ別なデザインがいい』ってドタキャンされたんだよ。ひどくね?元々向こうがこういうデザイン作れって言ってきたのにさ〜。

 たまにいるんだよね〜。なんか、ナメた注文してくる奴。浜町バカにすんな。


 佐加が説明してくれた。それは確かにひどい。佐加は、だいぶ前のだけどお気に入りと言って、アリス・イン・ワンダーランドの衣装とか、某ジブリの魔女の服の試作(注文してきた人は50代だったとか)や、『あんま言いたくないけど、15禁ゲームのエロいコスプレもある』とか教えてくれた。何に使うんだそれは。

 最近多いのはスマホゲームのキャラで、肌の露出が多いものは作れないので、受注できるキャラの服の基準みたいなのを独自に設定しているらしい。水着とか下着みたいのはダメとか。


 やっぱサキに合うのは猫か魔女だと思うわ。

 髪黒いし猫好きでしょ?

 で、私がセクシーキャットをやるの。

 このボディを使って。


 あかねがわざとらしく胸をつき出すポーズをした。

 やらしい。


 じゃ〜、うちミイラやろうかな〜。

 怖いものに化けて藤木おどかしたいな〜。


 あんまりショックを与えると振られるわよ。

 あいつ真面目だから。


 大丈夫だって!藤木はうちのことわかってるから!


 いつだって自信たっぷりの佐加。どうしたらそんなふうになれるんだろう。私はあかねに押しつけられるままネコ耳をつけて黒い魔女の服を着た。黒猫型の杖があって、それはめっちゃかわいくて気に入った。でもかま猫を思い出す。やっぱり今日も研究所に行ったほうがよかったかなと思ってしまう。


 うわ〜めっちゃ似合う!これも!


 佐加が私に魔女の帽子をかぶせた。ネコ耳が出せるように穴が開いてるやつ。それから、あかねが佐加の体に包帯を巻いて、どこをどうしたらミイラっぽく見えるか研究を始めた。あかねと佐加は2人でいるといつも楽しそう。ノリとテンションの高さが同じなんだと思う。

 そして、やはりヨギナミが呼ばれてない。

 バイトだから仕方がない。

 佐加のご両親は今、町の人のために衣装を作っていて大忙し。けっこう遠くの市町村からも注文があって、祭り当日に取りに来る人もいるという。

 なぜみんな、そんなに強いんだろう?

 安定しているんだろう?

 私はなぜ、こんなに不安になったんだろう?

 あかねに、所長の元恋人の話を聞いたから?でもおかしい。私が好きなのは結城さんだし、所長はもういい歳の大人だ。前に恋人がいたからってそれが何だと言うのだ。


 サキ、さっきから止まってるけど。どうしたの?


 半分包帯の塊になった佐加に聞かれた。


 この杖、めっちゃオーラを感じる!


 私は黒猫の杖をわざと振り上げて明るく言った。


 これ、売り物?ほしい〜!


 杖が気に入ったのは本当だった。佐加はアハハハと笑いながら、母親の所に値段を聞きに行った。


 えっ?そんなにすんの?友達なんだからまけてよ!


 佐加が言っているのが聞こえた。高そうだな〜と思っていたら、


 ごめんそれ一万円するって。

 北海道産の木で作ってあるんだって。

 うちの親変なとここだわって高くすんだよね〜。

 うちの友達ってことで7000円までならいけるけど、

 高いよね?


 私は杖を持った写真をあかねに撮ってもらい、それを母とバカに送ってみた。すぐに返事が来ないということは、2人で相談しているのだろう。魔女コスプレはレンタルしてもらえることになった(これもちょっと欲しくなってしまったけど)。

 着せ替えして遊んでいたら遅くなって、平岸パパが車で迎えに来た。夕食が遅くなり、あかねと2人で食べた。


 部屋に戻ったら、奈々子さんがいた。

 話したくなかったので無視しようとしたけど、


 ねえ、不愉快だろうけど聞いて。


 勝手にしゃべりだした。


 私、あなたがおかしくなった理由知ってる。

 みんながかまってくれなくなったからでしょ?

 保坂って子達に気を取られて。

 あなたって、常に誰かに注目してもらわないと、

 気が済まないタイプでしょ?


 私はヘッドホンで声を避けようとした。


 でもおかしいじゃない。

 創くんは今でもあなたが一番好きだと思う。

 昔付き合ってた人がいたからって何?


 そんなのわかってますよ。


 いいえ、わかってない。あなたは誰かが()()()()()注目してくれないと不安になるの。昔からそうなの。

 でも、それは無理な話でしょ──。


 私は奈々子さんに向かってメモ帳を投げつけた。メモ帳は彼女をすり抜けて床に落ちた。


 誰のせいだと思ってるの!?


 私は叫んでいた。自分でも驚くような声で。


 お母さんが不安定になったのはあいつが目の前で死んだから!そのせいで私まで嫌な思いをしたんだからね!

 あんた達なんてみんな消えてしまえばいい!


 言い終わった瞬間にハッとして後悔したけど、遅かった。奈々子さんが泣きそうな顔になっていて、


 先生──。


 つぶやきながら壁の向こうに消えた。となりの部屋からかすかに話し声が聞こえ始めた。きっと新道か修平に泣きついていたんだろう。

 私はメモ帳を拾って、落ち着くためにBBCの音声を聴いた。でも、罪悪感はしばらく消えなかった。みんな好きでここにいるわけじゃない。わかってる。あんなこと言うつもりはなかった。母のことなんて、自分でも気にしてるとは思ってなかった。自分の口から出た言葉に愕然とした。

 記事を3つくらい聴き終えた頃に、母が、


 この杖、新橋も欲しがってるから、

 2本買えないか聞いてみて。

 定価でいいから。


 と言ってきた。

 バカとお揃いで黒猫の杖。

 一気に欲しくなくなってきた。でももう引けないので佐加に聞いてみた。まだ返事は来ていない。在庫とか確認しなきゃいけないんだろうな。

 私は沈んでいたので、40代の娘に、


 友達とケンカしてひどいこと言っちゃった。


 と言ってみた。すると、


 自分が悪くなくても、先に謝ったほうがいいよ。


 という返事が来た。珍しい。親らしいこと言ってる!

 私はそうすると返事して、もう寝ることにした。

 ところが、


 新橋さん。ちょっといいですか。


 今度は新道がまた壁から生えて来た。


 橋本とお母さんのことは、本当に申し訳ないと思っています。ですが、そのことと、神崎さんにはなんの関係もありません。

 彼女にきついことを言うのはやめていただけませんか。


 何だろうこの『教え子を守るモード』みたいなおっさんは。せっかく反省していたのにまたムカついてきた。


 なんであなたが申し訳ないんですか?

 勝手に死んだのは橋本でしょ?


 私はまた意地悪く聞いてしまった。

 ほんとに、こういう自分が嫌い。


 橋本は、私が助けなければいけなかったのです。


 新道は真面目な顔で言った。


 同時代を生きた友人として、お互いに責任があるのです。それに、私は生前、橋本やお父さんには本当に世話になった。まだ恩を返しきれていない。


 スマホが振動した。


 それが、先生の未練なんだ。


 修平からだった。隣で話を聞いていたらしい。

 つまり、幽霊達を何とかするには、やはり橋本を何とかしなければいけない。

 つまり所長だ。

 結局全ては、あの2人に還るのだ。





 



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