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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年10月

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2016.10.12 水曜日 研究所

 かま猫ぉ〜!


 早紀がアジサイの前で叫んでいる。


 かま猫ぉ〜!


 久方はその様子をぼんやりと見ていた。午前中眠っていて、今もまだ眠かった。昨日橋本が徹夜したせいだ。事情が事情だけに文句も言えない。

 早紀は3時頃、来るなり、


 今日はどうしても猫と遊びたい気分なんです!


 と宣言し、一緒に猫たちを探すよう「命令」した。しかし、かま猫もシュネーも、裏の割れ目にはいなかった。

 早紀はここ2日姿を見せず、昨日に至ってはメールもLINEも送って来なかった。なので久方は心配していたのだが、今日の早紀も様子がどこかおかしい。いつも以上に落ち着きがない。必死で猫を探している。


 サキ君、あまり大きな声を出すと、

 逆に逃げてしまうよ。


 早紀がいつまでも猫を呼び続けているので、久方は止めて、一度建物内を探そうと言った。まだ頭がぼんやりしていた。しかし、せっかく早紀が来てくれたのだ。昼寝はもったいない。

 2人で建物に戻り、まず1階を探した。キッチンにも部屋にもいない。地下も見てみたが、いない。

 気温が低く、廊下は寒い。早紀はやたらにくしゃみをしながら2階へ行った。結城の部屋、ベッドの上に、かま猫がいた。シュネーも。2匹一緒に丸まって眠っていた。


 最近、一緒に寝てるのをよく見るなあ。

 この部屋暖房入ってないけど、寒くないのかな。


 久方が言っている間に、早紀は喜々として猫たちの写真を撮っていた。


 そういえば結城さんはどこに?


 もう帰って来たと思うよ。車の音がする。


 早紀が弾かれたように外に出ていった。久方は眠っている猫たちを眺めていた。とても幸せそうだ。2匹で仲良くして。見ていたらなんとなく悲しくなってきた。久方も1階へ行こうとした。しかし、血走った目のピアノ狂いが階段を駆け上がってきた。久方は反射で、


 ダメだよ!起こしちゃ!


 と叫んだが、結城の耳には入っていなかった。彼はシーツを引っ張って猫たちを無理やり床に引きずり下ろすと、おかしなまでの勢いで除菌スプレーを噴射し始めた。起きた猫たちは階段を駆け下りて行った。


 ひどい〜!!


 早紀が叫びながら結城に近づいたが、スプレーをかけられそうになって逃げ出した。久方も身の危険を感じて1階に走った。

 かま猫はソファーの上にいたが、シュネーはやはりドアの前で止まっていた。なぜあのピアノ狂いの所で寝てたくせに、この部屋には入ろうとしないのだろう?


 クッションかキャットタワーを買おうかな。


 久方はシュネーにえさをやりながらつぶやいたが、早紀はかま猫と遊ぶのに夢中で聞いていなかったようだ。いつの間に用意したのか、魚の形をした猫のおもちゃを投げ与えていた。


 あのう。


 シーツを抱えた保坂がやって来た。


 これ洗っとけって言われたんすけど、

 今洗濯機使ってもいいすか?


 久方が洗濯機の音を嫌っているので、仕事中は使わないようにと言ってあった。


 いいけど、それ結城のでしょ?本人にやらせなよ。


 いや、本人は床のモップがけで忙しいみたいで。


 大げさなんだよいちいち。


 でも、野良猫から病気がうつって死んだ人いるって、こないだネットのニュースでやってましたよ。

 一回病院連れてった方がいいんじゃないすか。


 確かにそうかもしれない。


 久方はシュネーを抱き上げてカウンター席まで行き、近くの動物病院を探した。もしかしたら本当の飼い主が別にいるのかもしれないが、一応調べておいた方がいいかもしれない。シュネーは特に嫌がる様子もなく久方の膝の上にいた。人を怖がっているのではなさそうだ。かま猫はまたポット君を追い回し始めた。


 病院に連れて行くんですか?


 早紀が近寄ってきて久方のスマホをのぞいた。


 一応ね。前は飼い猫だったんだろうけど、もう野良歴も長そうだし。

 警察や町内の掲示板からもなんの反応もないし。


 掲示板なんてあるんですか?


 町の公民館にね。でも誰も飼い主を知らないみたい。


 久方は言いながらあくびをしそうになった。眠い。そろそろ仮眠を取った方がよさそうだ。早紀も何かを察したのか、2階に上がって行った。久方はソファーで寝ることにした。天井から結城と早紀がキャーキャー騒ぐ声が聞こえてきた。どうやら、かま猫がまた2階に行ってしまったようだ。


 掃除はやり直しだ。きりがないよ。ねえ、シュネー。


 ソファーに乗ってきたシュネーに、久方は話しかけた。眠ろうとしたが洗濯機の回る音がしてきたので、ぼんやり考え事を始めた。こんな暮らしがいつまで出来るだろう?そろそろ戻ってこいと神戸の父母や友人はみな言ってくる。そもそも自分はここに何をしに来たんだったか。

 答えはもうわかっていた。

 返しに来たのだ。嘘の人生を。

 でもそれは拒絶された。

 橋本本人も、新道先生も、

 これが本当の人生だと言った。

 しかし、久方にはまだそうは思えなかったのだ。何もかも全部、嘘のような気がする。これは幻で、目を覚ましたら消える夢ではないのかと。

 しかし、なかなか目を覚ますことが出来ない。

 2階のキャーキャー声に、保坂の叫び声が加わった。走り回る足音もうるさく響いてくる。猫と潔癖症の戦いは、大いに盛り上がっているらしい。

 

 楽しそうだな。アホみたいだけど。


 久方は起き上がってシュネーをなでた。


 僕はなんでここで1人なんだろう。


 ひとり言が次から次へと出てくる。


 前はこうじゃなかった。

 一緒にいてくれる人がいたんだ。


 上からドーンという、何かが倒れる音がした。天井が揺れ、シュネーが衝撃に驚いて廊下に飛び出していった。数秒の沈黙の後、また結城たちがギャーギャー騒ぐ声が聞こえてきた。何か大きなものを引きずる音も。


 みんな、いつか、いなくなってしまうんだろうな。


 久方は立ち上がり、パステル画の女性の前まで歩いていった。そして、洗濯機が止まって、保坂が1階におりてくるまで、ずっとそこに立っていた。




 

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