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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年10月

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2016.10.10 月曜日 祝日 サキの日記

 いろいろなことが起きた。時系列で書いてみる。

 体育の日で休み。だけど朝からだるかった。昨日の騒ぎのせいだ。でも、人数増やして撹乱したおかげで、高条とは話さずに済んだ。奈々子さんが夜に出てきて説教されたけど。


 あなた、自分に好意を持ってる男の子をすごく嫌がって、かわいそうなくらい冷たい態度を取るよね?

 それって畠山のせい?やっぱりそうなの?


 何でも知ってる幽霊。本当に困る。ていうかむかつく。昨日は何を言われても無視してたらあきらめて消えてくれたけど、今日また出てきたし。


 昼頃、ヨギナミに昨日の話をメールで送った。


 杉浦が料理の残り持ってきてくれた。


 と。やっぱり第1グループってすごく仲いいんだな。所長が河合先生の襲来でショックを受けていたせいか、橋本は出現しなかったんだろうと思っていた。しかし、


 スマコンからメールが来た。

 昨日の夜、少しだけおっさんと話したんだって。

 そしたら、うちのお母さんが心配って言ったんだって。


 ヨギナミからのメールにはそう書いてあった。

 私は考え込んだ。


 それって、どうしようもなくない?


 私はそう返信した。


 だよね。どうにもできないし。


 私達は揃って途方に暮れた。




 昼食の帰り、珍しくあかねが近づいてきた。


 サキ、怒らないで聞いてくれる?


 何?


 昨日、みんなが河合先生に気を取られているすきに、

 久方さんの部屋を探ってみたのよ。


 また!?


 ドイツ語で書かれた日記があったわ。私が見たのは、2012年のものだった。他にもたくさんあったけど。


 あかね、ドイツ語読めるの?


 スマホで翻訳出来たの。

 きれいな字で書いてあったから。

 久方さんには恋人がいたのよ。

 レティシアって名前のね。


 私は立ち止まった。

 何かが頭の中で割れた感覚があった。


 かなり好きだったらしい。文面から愛が伝わってきた。

 でも途中で途切れていたの。突然白紙になって。

 続きを探そうとしたら保坂が来て怒られた。


 別れたのかな。


 きっと書けないような別れ方したのよ。

 だから病気になったんじゃない?


 あかねは、


 私、ドイツ語勉強しようかな。

 マンガにもよく出てくるし。


 と言いながら、平岸家に帰っていった。私はしばらくそこに立って、研究所に行こうか、アパートに帰ろうか、このまま空港行きのバスに乗って東京に帰ってしまおうかとまで考えた。

 それくらいショックだった。こんなに衝撃を受けている自分にさらに衝撃を受けた。

 私は所長の何を見ていたんだろう?

 結城さんが言ってた通り、ゆるキャラと勘違いしていたのかもしれない。

 所長だって男だったのだ、大人の。

 誰かと恋をするような。

 あかね、何てことしてくれたんだろう?私は気になってしまって、今日は研究所に行けなかった。行って所長に会ったら、このことについて根掘り葉掘り聞いてしまいそうで。


 とりあえず部屋に戻ったら?


 奈々子さんの声がした。また何か言われそうだと思った。部屋に入ったらやっぱり出てきた。紺色のブレザーを着た女の子が。


 なんでショック受けてるの?

 私は逆に安心したけど?

 ちゃんと人を愛せる大人になったんだなって。

 私が生きていた頃の創くんは、

 生存できるかどうかも危ない状態だったから。


 奈々子さんはそう言って、ベッドの端に座った。私は椅子の方に座って彼女と向かい合った。


 私、幼稚園の時は男の子と一緒に遊んでたの。

 でも、小学校に入ったら仲間外れにされた。

 私が女の子だからって。ショックだった。

 昨日まで一緒に遊んでたじゃないって。


 何の話ですか?


 最近、創くんと結城は保坂君にばかりかまってるでしょ?あなたは仲間外れで寂しい。そういうことじゃない?


 そんなんじゃありませんよ!


 聞いてるだけでムカついてきたので、私はかなり大声を出した。


 私に構うのもうやめてもらえませんか?


 あ、そう。じゃあ、

 私がどうしたら消えられるか考えてくれない?


 何かやり残したことがあるんですか?


 ありすぎて数え切れないくらい。


 え〜……。


 全部叶えるのはまあ、無理。


 そう言われても。


 そうよねえ。

 でも、橋本はわりとはっきり言ったみたいね。


 私はヨギナミに聞いたことを思い出した。ヨギナミの母親が心配だと橋本は言った。


 病気が治ればいいんですかね?


 違うと思う。保坂のクソ親父をなんとかしないと。


 なんとかするって?


 私が妻だったらとっくに殺してるね。


 奈々子さんはそう言って微笑んだ。めっちゃ怖い笑い方だった。タイミングよく雨が降ってくる音がした。こないだは雷と共に出現したし、偶然にしては怖い。


 ダメです。殺人はやめてください。


 わかってる。冗談。それより私、どうしたらあなたから離れられるんだろ?


 私に聞かれても。


 とりあえず音楽聴きたいな。


 何がとりあえずなんだと言いたくなったが、ABBAの『I AM THE CITY』をリクエストされたので、探してかけてあげた。


 これ、時代違いませんか?ABBAってもっと前ですよね。


 90年代まで発表されなかった曲なんだって。


 奈々子さんが笑った。


 修二の歌を聴きに来てた知らない女の人が教えてくれたの。他の曲ほど有名じゃないけどすごくいい曲だって。『テープ貸してくれたら入れてあげる』って。それで聴けたの。サウンドも歌詞もすごくいい曲。当時は親切な音楽好きがけっこういて、『このテープあげる』とか『これダビングして』とか普通に音楽をやり取りしてた。あ、でも今それやると違法コピーになるのかなあ。

 時代変わったよね。あーあ。


 勝手に何かが悲しくなったらしく、そこで奈々子さんは消えた。呼んでも出てこない。

 私は機嫌が悪かったので、勢いでこの出来事を所長に送った。


 リアルタイムで聴いてないけど、

 音でかなり昔の曲だってわかるね。


 所長も聴いてみたらしい。押しつけられたのは気に入らないけど一応歌詞を見たら確かに悪くはない。もう少し話を聞くんだったかな。


 やっぱり音楽なんだろうね。

 奈々子さんの心残りは。


 所長はその言葉と一緒に、かま猫とシュネーが一緒に寝てる写真を送ってきた。なんだか色合いと丸まり方が陰と陽みたいだった。やっぱり研究所に行くんだったかな。

 私はそこで思い出した。研究所のあの部屋に、パステル画の女性の絵が飾ってあることを。

 もしかしてあれがレティシアという人なのだろうか。

 だとしたらものすごい美人だ。

 私は結城さんに、一階のパステル画は何か知ってますかと聞いてみた。

 でも、返事なし。スルーされたっぽい。

 めっちゃ傷ついた。



 あかねは夕食のときは静かだった。さすがに親に『人の家で日記を勝手に見ました』とは言えないのだろう。代わりに修平がうるさかった。図書委員の原田先輩がめっちゃイカれた人だったらしい。


 隠した翻訳見つけたら何かくれるって言われてさ、何くれたと思う?サイン入りの『俺が書いた本』だよ?なんかさ、政治とか哲学に関して、自分で考えたことを自分で製本して配ってんの。そんなもんTwitterにでも書いてろって思うじゃん?SNSもほぼ全種類やってんだよね。俺Twitter無理やりフォローさせられた。なんか毎日炎上してそうで怖いんだよあの人のアカウント。


 それを聞いて私は、やっぱり図書委員にならなくてよかったと思った。

 帰ってからまたBBCを聴いて、他の科目もひととおり勉強した。でも、パステル画の女性とか、『I AM THE CITY』のサウンドとか歌詞とか、結城さんから何か言ってこないかなとか、やっぱり余計なことばかり考えてしまって、時間かけたわりには何も頭に入っていない。



 


 

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