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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年10月

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537/1131

2016.10.9 日曜日 研究所 クラスのみんな

 伊藤がいない。

 そしてヨギナミもいない。

「なあ藤木」

 修平は藤木にすがりつくように言った。

「まともな奴はおまえしか来てないみたいだからさ〜、あいつらなんとかしてくれない?」

「何言ってんだ!?」

 藤木が悲鳴をあげた。

「秋倉の変人どもがこんなに集まってんのに、俺1人でなんとかできるわけないだろ!?」

「だよね〜」

 修平は弱々しく同意した。

 研究所、昼1時。

「宮沢賢治はサハリンを訪れたことがあるそうだから、当然北海道も通ったはずだ。表向きは教え子の就職を知り合いに頼むためだったそうだが、実は亡くなった妹の魂を求めて来たという人もいる。彼は北国を『青いところのはて』と表現していたそうだ。そうそう、賢治と言えば『ただいちばんのさいはひに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです』と書いているね。彼は自分や家族だけではなく広く万民の幸せを望んでいた。それがゆえに──」

 杉浦が終わりなき古典作家の話を延々としている間、佐加と平岸は2階に行って部屋のものを勝手に探り、保坂が慌てて止めに行ったきり戻って来ない。天井からキャーキャー騒ぐ声だけが聞こえてくる。高条はひたすら猫たち(いつのまにか白いのが増えてる!)の動画を撮り、奈良崎が二匹の動きに合わせて変な解説をしながら爆笑している。早紀はひたすら料理を食べ続けている。他の人が手を付けないものまで、片っ端から口に入れている。

 修平はそれを見て心配になってきた。

 こいつ、過食症なんじゃないか?

 スマコンと藤木と久方の3人だけが、杉浦の話を真面目に聞いていた。いや、スマコンは『杉浦が変なことを言い出さないか見張っている』という感じだ。さっきから事あるごとに口を挟んでいる。

「そういえば、彼には隠れた恋の噂がありましたわね」

 スマコンがそんなことを言い出した。

「最近になってわかったらしいですけど、教員をしていた女性とひそかに恋に落ちて、一緒に旅行に行ったり山を歩いたりしていたそうね。その女性への愛が、あの傑作を産んだと言えるのではなくて?」

「それは一部の専門家が主張している仮定だ。証拠はないよ」

 杉浦は不快そうに言い返した。

「女性は何でも恋や愛の話にしたがるから困るな」

「あなたって若者のくせに老人並みに女性差別的よね。宮沢賢治の恋については、相手の方のご家族などの証言もあったそうよ?いろいろ事情があって伏せられてしまったそうですけどね」

「あのう、そろそろ話題変えない?」

 久方がそっと口にした。

「もう3時間くらい、宮沢賢治の話ばかりしてるけど」

「ていうか話すのをもうやめろ2人とも」

 めったに怒らない藤木が文句を言った。

「あのさ〜、今日は、俺らのグループが幽霊の話するための集まりだったんだけど」

 修平はあたりを見回した。

「高条と平岸何してんだよ。どこ行った?」

「高条はかま猫を追いかけて外に出た」

 早紀がロールケーキを取りながら言った。

「サキ君、食べ過ぎだよ」

 久方が言った。

「まあ!やだ!チーズケーキが全部無くなっているわ!」

 スマコンが叫んだ。

「人に文句ばかり言って先に食べないからそうなるんだ」

 杉浦はそう言って、ロールケーキを2つ取った。

「これはヨギナミに持っていく。いいですよね?」

「もちろん。保存容器とラップはキッチンに出してあるから」

 久方が笑った。杉浦が立ち上がって出ていった。

『学級崩壊を思い出しますねぇ』

 修平の後ろで新道先生がつぶやいた。

「やめて」

 と修平は小声で言った。

「カオスですからねぇ」

 早紀がつぶやきながら、平岸ママが作った照り焼きチキンを取った。

「新橋さん。食べ過ぎよ。どうなさったの?」

 スマコンが言った。

「俺、高条と平岸探してくる」

 修平が出てくるのと入れ替わりで、杉浦が戻って来た。

「ここは素晴らしい場所ですね」

 杉浦が久方に言った。

「始め見た時はこんな廃墟に本当に人が住んでいるのか疑わしかったが、中はきちんと整備されているようだし、貴重な図鑑のコレクションもある。まわりは自然に囲まれていて、猫もいる。まさに理想の暮らしだ」

「ありがとう。そうだ。幽霊から杉浦君に質問があるんだけど」

「何でしょう?」

「ヨギナミと仲いいよね」

 久方はにこやかに言った。

「あいつはヨギナミを心配してるんだ。だから、同じグループの人がどんな人か気になるみたい。藤木君も同じだっけ?」

「そうです。腐れ縁の佐加と杉浦と、1人だけまともなヨギナミと」

 藤木が言った。

「1人だけとは何だ、失敬な」

 杉浦が言った。

「今どき『失敬』とか言ってる奴がまともかって!」

 藤木も負けずに言い返した。

「佐加なんぞと付き合える君も、とうていまともとは言い難い。久方さん、そう思いませんか?藤木と佐加はもう4年も付き合っているんですよ」

「ほんとに?あの佐加と?」

 久方はかなり驚いているようだ。

「そうです()()佐加です」

 藤木が赤くなりながら言った。

「驚くのもよくわかります」

 杉浦が偉そうな口調で言った。隣でガチャガチャと音がした。早紀が皿を片付けていた。

「だめだあいつら、どこにもいない」

 修平が戻って来た。

「猫を追って遠くまで行ったのよ。放っておきなさい」

 スマコンが言った。早紀は重ねた皿を持って部屋を出て行った。

「ねえ、今日のサキ、何かおかしくない?」

 修平が尋ねた。

「飢えた獣のように料理にがっついているね」

 杉浦が言った。藤木もうなずいた。

「もう一人の方は出てこないようね」

 スマコンが言いながら久方の方を向いた。

「橋本は夜にならないと出てこないよ」

「では、わたくしは夜まで待たせていただきます」

 スマコンは優雅に微笑み、久方は目をむいた。

「本気かい?」

 杉浦が顔をしかめながら尋ねた。

「あなたはやめておいた方がよくってよ」

 スマコンが言った。

「なぜ?」

「嫌われているからよ。わたくしにはわかるの」

「心配しなくても、君のスピリチュアルな遊びに付き合う気はないよ」

「あいかわらず失礼ね」

「あのさ〜、いいかげん俺らが話していい?先生はさっきからここにいるんだって。お前らの長話にうんざりしてるって」

 修平が自分の後ろを親指で示した。新道先生は、自分が見えているスマコンに向かって軽く笑って手を振った。スマコンがそれに答えて美しく微笑んだ。

 修平がまず自分と先生のことを話し、そのあと、久方と早紀が、少々ぎこちない口調で、とりついている幽霊について話した。

「わたくし、全員とお話したことがあります。保坂も、橋本という人には会ったことがあるのです。ですから間違いありませんわ」

 スマコンが念を押した。早紀が突然出ていったかと思うと、地下から勝手にクッキーを持ってきてつまみだした。

「ふむ」

 しばらく考えに沈んでから、杉浦が息を吐いた。

「いつもならスマコンの話など聞くに値しないが、今回は例外のようだ」

「あなたって本当に失礼ね」

「ヨギナミからもその人物の話は聞いているからね」

「そうなの?」

 修平が杉浦に尋ねた。

「詰め込み教育が盛んだった頃の学生で、古本屋に関係する人物。大変興味深い。あの頃はちょうど、家庭内暴力が問題になり始めて、それに関する本も出てきた頃なんだよ。それで『教育が良くないから子供が変になっている』と考えた当時の大人達の存在が、その後のゆとり教育に繋がっていくわけだ」

「へ〜」

「しかし、ゆとり教育も失敗しているようだけどね。もしかしたら教育ではなくそれ以前の別な問題かもしれないね。教育制度が変わっても子供は病み続けていて──」

「別にいいよ教育の話は。それより」

「幽霊たちが成仏できるか、問題はそこ」

 早紀がやっと食べるのをやめてまともな口を聞いた。

「お互いに必要としなくなれば」

 久方がつぶやいた。

「でも、私と所長は、幽霊なんか必要としてませんよね?」

 早紀が尋ね、久方がうなずいた。

「何かまだ、気づいていないことがあるのではなくて?」

 スマコンが言った。

「うん。橋本は死んだ理由については何も話してくれないし」

 久方が言った。

「奈々子さんもたまにしか出て来ないし」

 早紀が言った。

「いいえ、そうではなくて、()()()()()()についてよ。幽霊ではなく」

 スマコンが言った。

「僕ら?」

「ないですよ何も」

 久方と早紀は言った。しかし、修平だけはわかっていた。先生がいなくなれない理由が。

「そうかしら」

「スマコン、2人を困らせるのはやめたまえ」

 杉浦が言った。

「もう少し本人達から話を聞いて、この世に未練がないか聞いてみた方が良いのではないかな。やり残したことがあるのかもしれない。もしそうなら、僕らも協力しよう」

「やばい!やばいよみんな!」

 佐加が部屋に駆け込んで来た。

「河合先生がこっちに向かって歩いて来る!」

「えっ?」

 修平は驚いた。

「河合先生?」

 久方が尋ねた。

「わたくしたちの担任です。秋倉高校の」

 スマコンが言った。

「誰だよ先生に知らせた奴!?」

 廊下から奈良崎の声がした。高条と保坂が部屋に入って来た。修平は、高条がニヤニヤしているのを見て怪しいと思った。平岸が廊下を走って2階に上がっていく足音がした。何をする気だあいつ、と修平が思っていたら、

「お前ら揃いも揃って何だ。おっ、どうも。こんにちは」

 本当に河合先生がやって来て、久方に向かって軽く会釈した。久方は慌てて立ち上がって礼をした。

「いやいや、お構いなく。うちの生徒がご迷惑をおかけしているようで」

 河合先生は機嫌が良さそうだった。

「おう佐加、宿題やったか?明日から学校だぞ?」

「宿題なんか出てた?」

 佐加が藤木に尋ねた。藤木は顔を歪めながら下を向いた。

「先生なんでここにいるんですか?誰に聞いたんですか?」

 修平が尋ねた。

「いやあ、町の噂で聞いた」

「町の噂……」

 久方がつぶやいた。顔色が良くなかった。

「先生、キッチンにロボットがいますよ」

 高条がニコニコしながら言った。

「見てもいいですか?」

 先生が久方に尋ねた。久方は『もちろん』と言った。先生と一緒に高条と佐加、保坂が出ていった。

「所長、大丈夫ですか?」

 早紀が久方に言いながら軽く肩に触れた。

「いや、ちょっと驚いただけ」

「いいじゃないですか。僕らは別に悪いことはしていない」

 杉浦が平然と言ってのけた。

「僕らはただ集まって文学や人生の話をしていただけだ。佐加やあかねさんはどうか知らないが」

「あいつらはネタ探してるだけ」

 修平が言いながら立ち上がった。

「悪いけど俺帰る」

「おう」

 藤木が言った。

「気をつけたまえ」

 杉浦が言った。

 修平が玄関に行くと、白い猫が前を横切って行った。

「あ〜!!」

 修平は空に向かってわめいた。

「何の意味もねえ集まりだな!何なのあいつら!?」

『いいじゃないですか。理解してくれる人が増えたわけですし』

 新道先生が言った。

『それより、須磨さんが言ったことに、私も賛成ですね』

「何だっけ?」

『幽霊ではなく、久方さんと新橋さんの側に原因があるという意見ですよ』

「あ〜、それ。でも、それだと初島が言ってたことが正しいってことにならない?」

『残念ながらそうなりますね』

「何だろうなあ。あの2人は病気じゃないし」

『そうでしょうか』

「そうでしょうかって何?」

『私の目には、君より何倍も病んでいるように見えますが』

「久方が?」

『新橋さんもです』

「どこが?あ、でも、久方が出てこなくなった時のサキの怒り方は異常だったな」

『それです』

「でもそれって……要するに何?」

『もう少し様子を見ましょう』

 2人は林の道を歩いていった。




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