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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年10月

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2016.10.3 月曜日 研究所


 バ〜カ〜じゃね〜のぉ?


 1階で結城が叫んでいた。久方が、


 次の日曜にサキ達が来るから、

 土曜に買い物に行きたい。


 と言ったせいだ。

 保坂が横で、不思議そうな目を2人に向けていた。


 なんでここに呼ぶんだよそんな奴らをよ?

 お前あいつらがここに来るの嫌がってただろうが。

 自分で呼んでど〜すんの?

 うわぁ、絶対ろくなこと起きねえって。


 結城はぼやきながら、キッチンにパンを取りに行った。


 第3グループが来るとなんかやばいんすか?


 保坂が久方に尋ねた。久方は、


 別に何でもないよ。


 と答えた。


 何が何でもないだ、何か起こるに決まってるだろ?


 結城がクロワッサンを持って戻って来て、


 平岸だぞ!!


 と叫んだ。何かを察した保坂が、


 あ〜、あれっすか。


 と言った。


 外からはかなり強い雨の音がした。せっかく休みなのに早紀がかわいそうだと久方は思った。今週の予報はずっと曇りか雨だ。外に出にくいだろう。


 久方が心配しているのは平岸あかねではなかった(いや、あの妄想はいつだって嫌だが)。カフェの孫と、高谷修平だ。あの2人は早紀と仲がいい。高谷には幽霊という共通点があるし、平岸家で一緒に生活している。カフェの孫は前に早紀のことを『かわいい』と言っていた。あの4人でどんな会話をしているのか知りたくなった。本来、若い人の間に自分が入るのはよくないと、大人の分別が頭の中で言ってはいたものの。


 わかんねえなあ。


 橋本の声がした。


 佐加のほうがどう考えてもいい奴だぞ?


 どこが!?


 久方は叫んだ。保坂と結城が揃って久方を見た。


 何でもない。もう一人の声がしただけ。


 久方は早めに朝食を終え、キッチンに皿を洗いに行った。





 昨日あかねにここに来ないかって言ったら、 

 マンガのネタ集めが出来るって喜んでましたよ。

 本当にいいんですか?


 昼に来た早紀は心配そうにしていた。


 まぁ、たぶん、大丈夫だと、思うけど。


 久方は言いながらだんだん自信がなくなってきた。今までの、平岸あかねがここに来た時のことを思い出すと、どれも悪夢のような思い出だ。


 いや、大丈夫。僕もけっこう変わったし。


 久方は不安を振り払うために強く言い直した。

 上の階の2人はあいかわらずガーシュインを練習していた。保坂はラプソディ・イン・ブルーをだいたい最後まで通して弾けているようだ。たまに引っかかってはいるが。


 上手くなってる。なんか悔しい。


 早紀が天井を見ながらつぶやいた。


 私がよくわからないことを考えているうちに、

 保坂は一曲マスターしかけてる。

 これ、練習し始めてからどれくらい経ってます?


 1ヶ月くらいかな。

 そういえばもうそんなにここにいるのに、

 親からは何の連絡もないなあ。

 別にここにいるのは構わないんだけど。


 構わないんですか?


 だって、ダメな助手よりいろいろ出来るし。

 料理上手いんだよ。こないだドイツのフレデリカの話したら、調べてあっという間に作ってくれた。


 所長。男子に餌付けされてはダメです。

 あかねが喜んでしまいます。


 何を言ってるの。


 日曜に作る料理にフレデリカも入れておこうと久方は思った。おそらく保坂が手伝ってくれるだろう。結城が意地悪をして出かけたりしなければ。


 そうだ、結城に話聞くの忘れてた。


 久方が思い出して言うと、早紀は悲しそうな顔をした。


 あんまりいろいろ聞かないほうがいいような気がしませんか?

 すごく前のことだし、

 何か、傷ついたようにも見えるし。


 あんな奴に気を使わなくてもいいと久方は言いたかったが、早紀が切なそうに下を向いたので、やめた。代わりに一緒に地下室に行って、トラピストクッキーを取って来た。自他共に認めるリア充:槙田が、函館土産に送って来たものだ。


 これおいしいですね!

 今まで食べたクッキーで一番おいしいかも!


 早紀は喜々としてクッキーの包みを開けていった。保坂が来て、


 あ〜!!ずり〜!!


 と叫んで包をいくつか取った。あとから結城も来て、クッキーの箱はあっという間に空になった。

 保坂に土曜の話を振ったら、


 奈良崎も呼んでいいすか?

 俺の勘では、スマコンも勝手に来ると思うんすけど。

 ハイヤーセルフが呼んだとか言って。


 話が大きくなってきた。


 でもサキ君、第3グループの4人で集まりたいんだよね?


 久方は聞いてみた。

 

 いえ、もう佐加も呼んじゃいましょう!


 早紀がとんでもないことを言い出した。それはやめてほしいと思ったが、早紀はすぐにスマホを取り出して連絡を入れてしまった。


 来るそうです!!


 早紀がにっこり笑った。久方は気が遠くなってきた。


 だからやめとけって言ったろ?


 結城が呆れた顔で腕を組んだ。




 

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