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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年9月

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523/1131

2016.9.29 木曜日 高谷修平 修学旅行4日目 博多

「せっかく南に来たのにさ〜、雨のせいでそんな気しなくね?」

 博多の街中で、佐加が傘をさしながら言った。

「今日、気温も低いしね」

 ヨギナミが言った。長崎の大雨が追いかけて来たかのように、博多でも雨、しかも更に激しい降り方になっていた。その雨の中を、秋倉高校の2年生達は、太宰府天満宮に行くために天神の駅に向かって歩いていた。

 修平はあまり調子が良くなかった。でも、あと1日だ。明日には秋倉に帰れる。そう思って何とか耐えていた。つまり、博多の街を見て回る余裕は全くなかった。

 道を歩いていると、早紀が突然立ち止まった。飲食店の中を見ているようだ。

「どしたのサキ」

 佐加が聞いたが、早紀は動かない。

『修平君!』

 新道先生の声がした。

『今すぐここを離れてください!急いで!』

「え?何で?」

『あそこに初島がいます!』

 新道先生の声は切羽詰まっていた。修平は早紀が見つめている店の窓を見た。カフェの席に女性が座っていた。暗い緑色のスーツを着て、髪は短く、40代か50代に見える。顔に見覚えがあった。

 先生の記憶の中によく出てくる女。


「初島緑」


 修平がつぶやいた。

「どうした?早くしないと乗り遅れるぞ」

 藤木が修平に呼びかけた。

「ちょっと!先行ってて!」

 修平は叫んだ。

「知ってる人がいるから挨拶してくる!」

 修平は店に近づいた。

『駄目です!修平君!これは罠です!』

 新道先生が叫んだ。

「だって、こんなチャンスもうないかもしれないじゃな──」

 修平が言いかけた時、早紀が突然、倒れた。

「え!?ちょっと!どうしたのよ!?」

 平岸あかねが驚いて走り寄ってきた。高条も来た。南先生が近づいてきて、早紀に呼びかけた。早紀は目を覚ましたが、呼びかけには答えられないようだった。

「みんなは河合先生と先に行ってください。ここは私が」

 南先生が言った。第1と第2のみんなは、心配そうにしながらも歩き去った。

「ホテルに連れて帰って休ませるわ。貧血かもしれないから」

 南先生が言った。

「あたしも一緒に行くわ」

「俺も」

 平岸と高条が言った。

「俺、知り合いに挨拶してくるから、先行ってて」

 修平はそう言って、またカフェの窓を見た。女はこっちを見ていた。目を見開き、口を半開きにした()()()()()で。

 間違いない、初島だ。

 修平はゆっくりと店に近づいた。手も足も震えた。心臓が激しく打った。今日、死ぬかもしれないと思った。でも、この機会を逃すわけにはいかない。

「私を探していたわね」

 席に近づくと、初島が片手で頬杖をついて言った。

「俺は──」

「知ってる。高谷修平、7月3日生まれ。さっき倒れた子は新橋早紀、8月11日生まれ」

「なぜ俺達に幽霊を?」

「条件があるのよ」

 初島は向かいの席を手で示し、座るように言った。修平は勧められた通りにした。そして、新道先生の気配が消えていることに気がついた。おかしい。いつもなら、何か起きたら必ず出てくるのに。

「まず1つ目、誕生日が同じでなくてはいけない」

 初島は手のひらを差し出し、親指を折った。

「それから、これが重要なのだけれど、魂の波長が同一でなくてはならない」

 初島が人差し指を折り、目元を歪めた。

「探し出すのに数年かかったわ」

「何のために幽霊を呼び出したんですか?」

 修平は震えながら尋ねた。

「自分で殺しておいて、また呼び出して苦しめるなんて、なぜそんなことをするんですか?」

「殺した?誰のこと?」

「先生と奈々子さんです」

「新道は私が殺したのではない」

 初島は言った。

「寿命だったの。あの体はかりそめのもの。札幌の良心を閉じ込めるためだけのもの。長く生きられるようには出来ていなかった」

「札幌の良心?」

「私はむしろ、新道を死なせるのは惜しいと思った」

 初島は修平の質問を無視した。

「だから呼び戻してみたのよ。奈々子って女はね、私の邪魔をしようとしたから、仕返しに呼び戻したのよ。苦しめてやろうと思ってね!」

 初島がククッと笑った。修平はぞっとした。

「でもあてが外れたわ。普通なら、生きた者に取りついた魂はね、その肉体を欲しがらずにいられないのよ。だって、ちょっと手を伸ばして体を奪えば、また生きることが出来るのですもの。命を目の前にぶらさげられて、飛びつかない人なんている?今まで何人も試したけど、みんな体を乗っ取られて最後には消えていったわよ?」

 初島は平然と言った。修平は走って逃げたい気持ちを必死で抑えていた。

「でも、あてが外れたわ。あの3人には。よりによって、一番重要な()()に邪魔されるなんて」

 初島の顔に憎悪が現れた。

「あれは橋本を生き返らせるために、わざわざ6月14日に合わせて作ったものなのよ。なのに元から人格を持っているですって?手違いもいいところだわ。絶対に許せない。そんなものは、私は絶対に、()()()()()()()

 初島は怒りで体を震わせていた。目の前に修平がいるのを忘れて、自分の感情に飲まれているようだ。修平はそれを見て逆に落ち着いた。同じような人を何人か見たことがあった。病院で。

「先生は絶対に、俺の体を乗っ取ったりしませんでしたよ」

 修平は静かに言った。初島が修平を見た。今初めてそこにいることに気づいたような目をして。

「そうでしょうよ。新道は自制心が強すぎる。いえ、欲がなさすぎる、目の前に新しい命をちらつかされても、手を伸ばしたりしない。誤算だったわ」

「手を伸ばしてほしがるほど、俺の体は丈夫じゃないんです。ずっと入院してたんです。とりつかせる相手間違ってませんか?」

 修平は笑う余裕が出てきた、しかし、

「生意気な子ね、あなたは──」

 初島が何かに気づいたように、驚いた顔で修平をなめるように見た。

「何ですか?」

「あなた、その体じゃ、10歳になる前に死んでいるはずよ」

 初島が言った。修平はビクッと震えた。

「そうか。わかったわ。なぜ新道が出てこないか。あなたに力を分け与えているからよ。あいつは本来、強い力を持っている。あの4人の中で、私を倒す力を持っているのは新道だけ。邪悪を払えるのは良心の風だけ。なのに、あなたに力を使っているから、新道は本来の力を発揮できない」

 初島はニヤニヤと笑い始めた。修平は震えが戻ってきて、それを必死で抑えようとしたが、上手くいかなかった。

「せっかく勇気を振り絞って私に会いに来たのだから、いいことを教えてあげるわ。幽霊達はね、必要だからそこにいるの。()()()()()()()()()()()()、彼らもあなた達を必要としている。どちらにも必要なくなれば、彼らは消えられる」

 初島は立ち上がり、2人分のコーヒー代をテーブルに置いた。

「やれるものならやってみなさい。あなた、命を捨てられる?その覚悟があれば、新道を自由にできる。あとの2人がどうなっているのか、私にはわからない。でも、いずれ乗っ取られると思うわよ?あとは時間の問題ね。ゆっくり待たせてもらうわ。アハハハハ!」

 初島は笑い声をあげながら店を出ていった。声が異様だったので、店内の客がこちらを見た。修平の顔色の悪さに気づいて、店員が近寄ってきて『大丈夫ですか』と聞いた。修平は水が欲しいと言った。スマホが鳴ったので我に返った。見ると、高条から『今どこにいる?早く来い』と来ていた。

『修平君、声を発さずによく聞いてください』

 新道先生の声がした。

『君は今危ない状態です。タクシーを拾ってすぐホテルに帰って休むんです。詳しい話はそこでしましょう』

「先生──」

『今話しては駄目です!』

 店員が水を持って来た。修平はそれを一気に飲むと、外に出た。タクシーを探すのに少々手間取った。あまりにも青白い顔を見て、運転手は『病院行くかい?』と聞いてきた。修平は、ホテルに学校の先生がいると言った。

 ホテルに着き、部屋に行くと、そこには高条と平岸あかねがいた。平岸は腕を組んで、きつい目で修平をにらみつけ、

「幽霊の話は高条とサキから聞いたわよ!」

 と叫んだ。

「なんであたしだけ話してもらってないわけ?班長は私よ!」

 こんな時に何を言っているんだと修平は思った。

「俺疲れてるから一人にしてくんない?」

「何言ってんの?今日お前ここで俺と同じ部屋なんだけど」

 高条が言った。やはり怒っているようだ。

「俺は出ていかないぞ。何が起きてるか、お前の口から聞くまでは」

「そうよ。洗いざらいぶちまけてもらうわ。それまでここから出さない」

 平岸も言った。修平はため息をつきながら、ベッドの端に座った。そして、今まで起きたことを話し始めた。小さい時から一緒にいる『先生』のことから、今年になって秋倉町に来てからのことまで。ただし、さっき初島に聞いた話は伏せておいた。

「さっきサキが『奈々子さんが殺されるところを見た』ってわめいてたの。そういうことだったのね」

 平岸が言った。

「サキ、大丈夫?」

 修平が尋ねた。

「南先生が付き添ってる。ただの貧血で、夢でも見たんだろうって」

 高条が言った。

「夢じゃないよ」

 修平が目を伏せて言った。

「それ、本当に起きたこと。奈々子さんの記憶」

 それから、

「太宰府に行けなくなってごめん」

 と謝った。

「明日の午前中に行けばいいって」

 高条がスマホを見ながら言った。

「朝早く出れば間に合う」

「買い物する予定だったけど仕方ないわね」

 平岸が言って、少し笑った。

「でも、かえってよかったかも。第1グループが一緒だと、杉浦が歴史と伝統を語り出してうるさいって、さっき佐加から悪口が送られて来てたから」

「確かにあいつらはいないほうがいいな」

 修平もやっと笑った。

「じゃ、明日行こう。俺、腹減ったからコンビニ探して来る」

 修平は外に出た。そして、人気がなさそうな場所を探した。1階の、来客用のトイレに入った。

『よく耐えましたね、修平君』

 新道先生が現れた。

「今まで何してたのセンセー!?せっかく初島が出てきたのに──」

『言ったでしょう、あれは罠だと。なぜ新橋さんが倒れたと思います?初島の力で()()()()()()()()()()()()()()()()()なんですよ?私も危うく君の体に入り込まされるところだった。それを防ぐのに手一杯だったんです』

「ほんと?」

 修平の中に恐怖が戻って来た。

「あいつ、そんな力持ってんの?」

『基本的に、望むことは何でも出来ると思った方がいい。母なる大地(マザーアース)の力は広範囲に及びますから』

「そんなとんでもない奴と、先生がどうやって戦うの?風だけで。さっき初島が、自分を倒せるのは先生だけって言ってたけど」

『それは私にもよく意味がわからないんです』

 新道先生は曖昧な笑い方をした。

「先生」

 修平は震えながら言った。

「俺、本当は死んでたんだよね、()()()()

『修平君、それは──』

「いや、俺、わかってた」

 修平は言った。

「先生、昔は消灯した後にしか現れなかったよね?だけど、あの時、症状が重くなって死にかけた時、先生は必ず昼間も現れて、それから何日かしたら、呼吸が楽になったり痛みが消えたりしてた。それはつまり」

『君に隠すつもりはなかった』

 新道先生は言った。

『いずれ話すつもりでした。君がもう少し丈夫になって、一人で生きられるようになったら』

「わかってる。だけど先生は、このままじゃ」

『今は旅行中です。それを考えるのは後にしましょう。それにしても初島のやつ。いかにもあいつらしい出現の仕方をするな。人が楽しみにしていることを狙って台無しにしようとする。そうです。いかにも初島らしいやり方だ。修平君、あんな人に君の人生を壊されちゃいけない』

「先生」

『何ですか?』

「本当は、もっと強い力を持ってるんだろ」

 修平は真剣に問いかけた。

「もしかして先生、自分のこと何もわかってないんじゃないの?普段何でも知ってるような口ぶりで話してるけど、肝心の自分のことは何もわかってないんだ」

 しばしの沈黙の後、新道先生は、

『そうかもしれない』

 と、放心したようにつぶやいた。そして、姿を消した。

 



 数時間後、ロビーに河合先生とクラスの人達が戻って来た。

「あ〜カッパ!サキ大丈夫?」

 佐加が修平を見て叫んだ。

「貧血だって」

 修平は軽く言った。

「俺ら、明日太宰府に行くから。第3だけで」

「そうか、でも、1か所くらい第3グループだけで行くのもいいかもね」

 奈良崎が言った。

「お前は体調どうなんだ?平気か?」

 河合先生が尋ねた。

「大丈夫ですよ。でもまさか、俺以外の奴が倒れるとは思わなかったっすね。あ、もう夕食の時間ですよね?」

「うち、サキを連れてくる」

 佐加とヨギナミがエレベーターに乗って行った。伊藤が近づいて来て、小さな包みを修平に押し付けて去っていった。中にはお守りが入っていた。修平はそれをしばらく見つめ、笑いながら制服のポケットに入れると、河合先生と一緒に食堂に向かった。




 

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