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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年9月

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2016.9.26 月曜日 ヨギナミの家

 

 今日は子供達もいないことだし、

 のんびりと語り合いましょう!


 平岸ママこと、洋子が、ヨギナミの家に来ていた。あさみの様子を見るためだ。今日は一晩泊まり込み、明日、スギママと交代することになっていた。


 別に、ほっといてくれてもいいのに。


 与儀あさみはつぶやいた。今日も顔色が悪かった。それは体調のせいだけではなかった。これから娘のいない5日間、おせっかいな『成功してる友達』と一緒にいなくてはいけないのだ。──人生に失敗した自分とも。

 窓の外はきれいに晴れている。元気な頃なら(それがどれくらい昔か、あさみはもう忘れかけていたが)、外を歩いただろう。とても気持ちよく。しかし今では、この日光すら、自分を痛めつけるために輝いているように感じる。


 さっきサキちゃんからメールが来たのよ。


 洋子が言った。


 飛行機の中でタブレットを持ったまま眠ってるあかねが写ってたわ。

 もう!あの子ったら!どこに行ってもスマホかタブレットでアニメばかり見てるの!

 私はタブレットを買うのには反対したのよ?マンガを描くって言ってもうパソコンも持っているんだし。

 ほんとにもう!

 お父さんが娘に甘いから困るの!

 同じオタクだからって!


 贅沢な悩みだなとあさみは思った。そもそも『タブレット』が何を意味しているか、あさみはよく知らない。


 あなたもスマホを持ってみたら?

 奈美ちゃんといつでも連絡が取れるし、家にいながらいろんなものが見れて気晴らしになるし。

 今はそんなに高価じゃないのよ?


 あの子は私と連絡なんて取りたがってないわよ。

 私だって嫌よ。いつでも娘にああせいこうせいって言われなきゃいけないじゃない。


 あなたより奈美ちゃんの方が大人びているものね。


 洋子が言うと、あさみは黙った。


 ねえ、いつか真面目に話さなくてはならないと思っていたけど、


 うつむいているあさみの前に、洋子が正座した。


 奈美ちゃんの将来を、そろそろきちんと考えなくてはならないと思うの。


 私に何が出来るっていうのよ?


 あさみが小さくつぶやいた。


 考えることよ。娘の将来を。


 洋子は静かに言った。


 奈美ちゃんはとっても出来る子だわ。

 仕事も家事も勉強もなんでもこなせる。

 そんな子はめったにいないものなのよ?

 本人は公務員を目指したがっているそうね。

 いい選択だと思うわ。

 私やあなたに出来ることはね、

 邪魔しないことよ。

 やりたいようにさせてあげることよ。

 ごちゃごちゃ言わずに。

 それに、あなたのことも考えなくては。


 私?


 入院とか、施設入所は、考えられない?


 洋子が少し強い声で言った。あさみは答えなかった。


 奈美ちゃんはいずれひとり立ちしなきゃいけない。

 いい人がいれば結婚するかもしれない。

 あなたは身の振り方を考えた方がいいわ。

 残酷なようだけど。


 窓辺にスズメが数匹やって来た。あさみが顔を上げて外を見た。スズメは軽く数回跳ねると、またどこかに飛んでいった。それをじっと見るあさみの様子は、若い少女のようだった。

 あさみはきっと、どこかで、成長する機会を逃したのだ。少女のまま大人になったのだ。洋子にはそう思えてならなかった。


 ところで、()()()()()久方さんとはどうなの?


 洋子は冗談めかした口調で尋ねた。


 あれは幽霊よ。久方という人ではないの。


 あさみは顔を上げてはっきりと答えた。


 本当の久方って人がどういう人か、私は知らない。

 興味もないわね。


 ふうん。で、幽霊さんとはどうなの?


 洋子はにやけながら尋ねた。

 あさみは少し白けた顔をした。


 何もないわよ。あなたが期待するような話は。

 ただ、いつの間にかここに通ってくるようになった。

 それだけ。

 ただ……。


 ただ?


 あなたにはわからないわよ。成功してる人には。


 あさみはすねたような声を出した。


 わからないかもしれないけど、一応聞いとくわ。


 洋子が言った。


 

 絶望ってね、官能と同じくらい中毒性があるのよ。



 あさみが真面目な顔で言い、洋子が目を丸くした。


 一度はまったらまず浮き上がれないわ。一人ではね。

 私は人生に失敗した。もう巻き返すことは出来ない。

 そして彼はもう死んでいるのに消えることが出来ない。

 2人とも、他人にすがって存在せざるを得ない。

 私達は、生と死のはざまで、

 同じ絶望を見ている。

 それが、彼がここに来る理由。

 こんな病気のおばさんに会いに来る理由。

 私達は2人でいる時だけ、互いを絶望から引き離せる。

 

 あさみはそこまで言って、


 水がほしい。


 とささやいた。洋子がコップに水を入れて戻って来ると、あさみは布団の中にもぐっていた。


 あなたの人生は失敗なんかじゃないわよ。


 洋子は心からそう言ったが、あさみには聞こえていないようだった。



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