2016.9.25 日曜日 サキの日記
なんだろう、この、相手にされてない感。
研究所に所長はいなかった。また橋本がヨギナミの家に行ったんだろうと思って、行こうとしたら結城さんと保坂に止められた。私は、どうして橋本を止めないのかと結城さんに聞いた。
大丈夫だって。害はないから。
夕方には戻って来るだろ?
私は、前に新道が言ってたことを説明した。橋本が所長の体を勝手に使うことによって、余計な体験が体に残ってしまって、それが所長を苦しめるのだと。
言われなくてもわかってるよそんなことは。
もう2年はあいつと一緒にいるからな。
でもな、いつまでも暴力で止めてるわけにもいかないんだって。
保坂は横でCDの棚をあさっていた。所長のCDを。
2人とも明日から修学旅行だろ?準備しろや。
結城さんはそう言って2階へ上がった。私は気が立っていたので追いかけた。ピアノを弾こうとしていたので、蓋に手を当てて止めた。
お前は久方の何なんだ?あぁ?
結城さんは怒っているようだった。
母親か?奥様か?
そもそもなんで毎日ここに来るんだ?
いいじゃないですか友達なんだから!
ハッ!友達?
ほんとに友達で済むと思ってんのか?
あからさまにバカにした言い方だった。
お前は久方を何だと思ってるんだ?ゆるキャラか?
キティちゃんみたいなマスコットか?
大人の男だぞ?
見た目ガキだからわからないだろうけどな。
毎日毎日呼ばれもしないのに遊びに来て、
その気を持たれないとでも思ってんのか?
ショックだった。
そういう風に思われているとは思っていなかったから。
でも、でも。
所長はたぶん、そういう風には思ってませんよ?
本人も言ってましたよ?
友達でいいんじゃない?って。
そりゃそうだろ。表向きは誰だってそう言うって。
大人だったら。
俺が言いたいのはね、新橋。
お前の行動が軽率すぎるってことだ!
結城さんが初めて私に面と向かってした真面目な話がこれ。本当に嫌だった。
他の所で似たようなことしてたら、とっくに襲われてるぞ?今までよく事件に巻き込まれずに済んだな?
事件。
事件なら、ある。
私は動けなくなった。声も出せなくなった。
とにかく、俺はピアノ弾くから、出てってくれる?
結城さんが、ピアノの蓋から私の手を押しのけた。私はすぐに部屋を出た。階段の途中で震えが止まらなくなってしゃがみこんだ。
畠山でしょう。
奈々子さんの声がした。
知っているのだ。
彼女は。
何もかも。
うるさい。
私はつぶやいた。しばらく階段から動けなかった。
そう、私は軽率でバカなのだ。
前にもそれでひどい目に遭っているのに、
またやってしまった。
でも、所長は他の人とは違う。
何もかも全然。
1階からは何かの音楽が、2階からは結城さんのピアノが聴こえた。でも、音楽を聴けるような気分じゃなかった。私は廊下を走って外に飛び出した。
林の真ん中で、急に泣きたくなった。
涙があふれてきた。
私はどこで、何を間違えたのだろう?
旅行の間は、杉浦さんと私であさみの様子を見ることになっているのよ。
夕食の支度を手伝っているとき、平岸ママが言った。
ですから、久方さんが例の方になって来ても、
常にどちらかがいるってわけ。
だからサキちゃん達は安心して、
旅行楽しんでらっしゃい。
そう言ってくれたけど、私は気が進まなかった。今日も会えなかったし、旅行含めて5日所長に会えないのだ。その間に何かが変わってしまうんじゃないだろうか。
お前は久方の何なんだ?
結城さんにそんな疑いを持たれていたなんて嫌だな。やっぱり私、女性として見られていないんだなと思った。結城さんの態度は保護者みたいだったし。
佐加かヨギナミから何か連絡して来ないかなと思ったけど、今のところ何もなし。
橋本め。所長の体を使ってどこで何してる?
私は思いつきで修平にメールしてみた。今日も所長は橋本に乗っ取られたって、なんとなく新道に言いつけてやりたくなったから。
先生も心配らしいよ。
旅行中になんか起こすんじゃないかって。
平岸ママがいたら、
そうそうヤバいことは起きないと思うけど。
という返事が来た。
修平は新道と一緒に旅行に行くことになる。なんかかわいそう。私も奈々子さんがついていくから同じようなものだけど。
あ〜!本当は修学旅行行きたくない!
結城さんはああ言うけど、やっぱり研究所に行きたい。




