2016.9.16 金曜日 サキの日記
高条が、
明日カフェに集まって修学旅行の相談しよう。
と言った。あかねは嫌がってたけど一応来ると言っていた。私も気が進まないけどOKした。旅行日程は今月末。もうあと一週間。4泊も秋倉を離れる。その間に、所長や結城さんに何か起こらないか心配だ。でも、
僕のことは気にしないで旅行楽しんできて。
逆にサキ君と高谷君の方が心配じゃないか。
旅行に幽霊たちがついてくるんだから。
所長はソファーに寝込みながらそう言った。確かに、九州に行ってから出てきて『聴きたい曲がある』とか言われても困る。
今日は素晴らしく晴れていて、所長は少しだけ建物のまわりを歩いたらしい。でもまだ、草原の向こう側までは行けないようだ。
悔しいよ。山に行きたい気持ちはすごく強いのに、
体がついてこないんだ。震えが出て。
天井からはなぜかエリック・サティのグノシエンヌが聴こえていた。保坂だ。なぜこんなサスペンスな曲を弾いてるんだ、あいつは。
結城さんはまた札幌に行ったらしい。がっかり。
橋本は全然出てこないけど、日曜には必ず現れるよ。
ヨギナミの家に行こうとするんだ。
癖になってるんだよ。
所長がそう言ったので、私は日曜日に奴を待ち伏せして、今度こそ詳しい話を聞いてやろうと思った。修平も『いいね、やろう』と言った。うまくいけば私達3人と幽霊3体で集合して話し合いになる。
上手く行けば。
ちょっと怖い気もしてきた。
サキ君、あんまり橋本を責めないでね。
あいつは僕を守ってたんだよ。
最近やっとわかってきた。
所長が手で頭を押さえ、目を閉じながら言った。
そうだよ。
みんな僕を守ろうとして余計なことをするんだ。
僕は甘やかされすぎてるよ。自分でわかる。
本当は1人でやらなきゃいけないことに、
みんなで乗り込んでくるんだから。
ほっといてほしいよもう。
所長は起き上がって伸びをした。それから、
かま猫を探そう。
と私に言った。
建物裏の割れ目に、かま猫はいた。驚いたのは、もう一匹、白い猫が中にいたことだ。少し汚れてるけど、本当に真っ白の。
所長、今気づいたんですけど、
かま猫って避妊手術とかしてます?
私は急に気づいて心配になってきた。
前は飼い猫だったらしいからしてると思うけど。
あの白い猫、どこから来たんだろう?
所長はキャットフードを割れ目の中に入れた。かま猫が食いついたが、白い猫はこちらを見たまま動こうとしない。怯えているようにも見える。
一応、『猫探してませんか』って町の人に聞いたほうがいいかなあ。
所長はスマホで白い猫の写真を撮った。それから、町役場とか警察に電話していた。今のところ、それらしき届けは出ていないそうだ。
たまに様子を見に来ることにするよ。
私達は部屋に戻り、ポット君が持ってきたコーヒーを飲んだ。
何!?細菌がまた増えただと!?
帰り際、結城さんが戻って来て、猫の話を聞くなり血走った目で叫んだ。
猫を細菌呼ばわりすんな!
と所長が叫ぶのを聞きながら、私は研究所を後にした。そのうち2匹の猫が研究所内を走り回り、結城さんはモップを持って廊下を掃除しまくるだろう。
帰り、林の道を歩いていたら、目の前に奈々子さんが現れた。
今日は何が聴きたいんですか?
私は先回りして尋ねた。でも、奈々子さんは、
私も余計なことばかりしたの。創くんに。
と言った。後ろめたそうな表情で。
どういう意味ですか?
『何かがおかしい。何かが間違ってる』
奈々子さんがつぶやいた。
そんな毎日を送っていた。何か大きな問題が起きたわけじゃない。友達もいる。学校も家族も。
でも、何かが合ってない。
何かが間違ってる。
私はずっとそんな風に思いながら生きてた。
あなたは、そう感じることはない?
言いながら、奈々子さんの姿は少しずつ林の風景に溶けて、消えた。
何を言ってるんだろう?
何かが間違ってるって、あなた達幽霊がここにいるのがそもそもおかしいんじゃない?と言いたくなったけど、たぶん、彼女が言いたいのはそういうことじゃない。
悩めば悩むほど偉いっていう、
馬鹿げた考えの奴が多い時代でね。
結城さんが前に言っていたことを思い出した。奈々子さんもその時代の人だ。何を悩んでいたのだろう。所長に余計なことをしたってどういうこと?
帰ってからずっと考えてたけど、もちろん何のことだかよくわからない。
存在とか、自分って何?みたいな悩みだろうか。
それなら、私にもある。
誰にだってあるはずだ。




