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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年8月
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2015.8.19 サキの日記


 所長のほかには、

 町の人にはあまり出会わない。


 町のPRイベントで変な歌を歌っていた女の子を草原で見かけたくらいだ。何人かで集まって肉を焼いていた。もしかしたらあかねと同じ学校の生徒かもしれない。

 そのあかねは、今日から学校だ。北海道は夏休みが早く終わる。休み中は長い金髪をおろしてバッチリ化粧してたあかねが、今日は丸メガネに三つ編みにセーラー服。不良がオタクに変装したような感じ。

 一緒に学校行く?

 あかねはふざけてそう言いながら軽くメガネを押さえると、足早に玄関を出ていった。なんだかとても楽しそうに。



 夏休みが終わったら?

 悪夢だ。考えたくない。



 所長が駅前のカフェに連れていってくれた。松井カフェと呼ばれているその店は、おばあさん1人とネコ一匹で運営されている。松井オーナーは、私にどこから来たとか、今いくつとか、愛想よく尋ねてきたので、正直に答えた。私と同い年の孫が東北にいるそうだ。

 所長とコーヒーを飲みなから、時々感じる不思議な感覚なんかを話していた。

 たいてい夜中。1人の時。

 宇宙に、自分だけが存在しているような感覚。

 ぼんやりしていた目の前の景色や、自分の存在をはっきりと感じる。同時に、いずれ今の人生は終わり、自分の存在は消えると強く感じる。

 でも、その感覚を掴もうとすると、すぐに消えてしまって、

 もとのぼんやりした世界に戻る。

 ほんの数分、いや、数秒。

 そういう状態になることがあった。

 所長も同じように感じることがあると言っていた。

 二人でそんな体験や、読んだことのある本の話をしていると、視界の隅で何かが光った。


 平岸パパの頭だった。


 やあサキちゃんに久方くん。パパはわざとらしいくらいニッコリと笑うと、今度はネコに向かって歩いていき、やあネコ、と言いながら真ん前の椅子に座った。

 なんだか話をしずらくなってしまった。すると、黒いメガネに作業服のおじさんが入ってきた。

 おうネコ。

 そして平岸パパの隣に座り、タバコを吸い始めた。この店は禁煙ではないらしい。

 ネコがこちらにやってきた……かと思うと、すぐにまた元の位置に戻った。なんかやな奴と思われたかもしれないと思った。動物独特のカンで。

 ネコちゃん、こっちでご飯食べなさい。松井オーナーがキャットフードが入った皿を床に置いた。

 ネコって名前の猫なんですか?

 思いつきでそう言ってみたら、松井オーナーが手を頬に当ててため息をついた。

 夫がネコって呼んでたら、定着しちゃったの。

 平岸パパとメガネのおっさんによると、亡くなった前オーナーは、

『まさに秋倉人だったな』

『変人の鏡だべ』

 ……だそうだ。

 どんな人だったか詳しく聞きたかったけど、所長がもう帰ろうと言い出したので一緒に研究所まで帰った。駅前のカフェから、研究所や平岸家があるエリアまではかなり歩くので、その間もずっと二人で話した。さっきのメガネのおっさんは修理屋さんで、所長が研究所(廃屋)に来たとき、

 ほんとにココに住むの?

 と怪訝な顔をしながら設備を点検していたのをよく覚えているという。



 アパートの部屋に帰ってから、ベッドに横になって天井を見つめながら考えていた。あの感覚がもう一度やって来ないかと。


 来なかった。

 その前に、平岸ママが呼ぶ声が聞こえてきたので起き上がった。

 平岸家のママは、食事の時間と質にものすごく厳しい。



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