表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年9月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

498/1131

2016.9.11 1979年

「嫌ねえ。みんな仲良くなっちゃって」

 廃ビルの最上階で、初島緑が不機嫌に体育座りしていた。

「新道は誰でも助けてしまうし、最近は菅谷まで、近所のおじいさんの様子を見に行っちゃったりして。どうせナホの気を引きたいだけでしょうけどね。あーあ!」

 初島は大声を上げながら両膝を叩いた。

「つまんない!みんな人気者になっちゃって!私だけ悪者ってわけ?」

 橋本は隣でぼんやりしていた。夕方には家に戻ろうと思っていた。新道隆と根岸菜穂が本を探しに来るからだ。新道は馬鹿だが、最近急に難しい本が読めるようになってきていた。根岸のおかげだろう。あの2人はいつ見ても仲が良くて、ひねくれた橋本の目から見ても微笑ましかった。あの2人だけが正常で、あとの連中はみんな間違っているではとすら思い始めていた。

「なんでさっきから黙ってるのよ?」

 間違っている女、初島が橋本に尋ねた。

「中身のねえことばっかり言ってるからだろ?」

 帰ってくれと言いたかったが、そんな言葉を聞く相手ではないことはわかっていた。初島は昔から、何かと橋本に絡んできた。理由はよくわからない。きっと他に話し相手がいないのだろう。

 階下から軽い足音が近づいてきた。

「これはナホね」

 初島がつぶやいた。その予想通り、

「あ、みどりちゃんもいる!」

 根岸菜穂がやって来た。今日も機嫌よく笑っている。

「あのね〜、今日は熊田さんの庭で水やりをしたの」

 熊田さんとは、高校の近くに住んでいる、腰を患ったおばあさんのことだ。

「あ、そう」

 初島が暗い顔をした。

「ナホが水を浮かべてねえ、シンちゃんが飛ばすの」

「ふうん」

 何だその幼稚園児のような遊びは。初島はさらに顔をしかめた。

「あいつそれしか出来ることないからな」

 橋本が言うと、菜穂が頬を膨らませて、

「どうして橋本くんはシンちゃんの悪口ばっかり言うの?」

 とかわいらしく怒った。

「悪口じゃねえよ。本当のことだろ?」

「橋本くん」

 菜穂が真面目な顔をした。

「何?」

「そろそろ学校に来ないと、出席日数が足りなくなるよ」

「わかってるって。ちゃんと計算してるよ。それより、新道はどうした?」

「橋本くん家に行った」

「何ぃ!?」

 橋本は慌てて立ち上がった。古書店を営む橋本の父親は、新道を気に入って何かとかわいがっている。2人きりにすると余計なことを話されてしまうかもしれない。

「あっ!待ってよ!熊田さんからもらったおせんべいが」

「いらねえよ!初島と食ってろ!」

 橋本は階段を駆け下りて行った。

「いらっしゃいよ。お嬢様」

 初島は仕方なく、自分の隣の床を手で叩いた。根岸菜穂は嬉しそうに飛んできてそこに座り、笑顔でおせんべいを初島に渡した。

「ババくさぁい」

 初島はおせんべいを空にかざしながら、白けた目つきでつぶやいた。

「でもおいしいよこれ」

 菜穂が子供っぽい声で言った。

「あんたたち、人助けなんかして、何が楽しいの?」

「みんな喜んでくれるし、ナホも嬉しいから」

「わかんない」

 初島がまたつぶやいた。

「全然わかんない。そんなの。男子をからかった方がよほど面白いわよ」

 初島は急にニヤニヤし始めた。

「あんた、新道をからかってみなさいよ。人気のない所に連れて行って抱きついてみるとか、『キスして』って言ってみるとか。いかに純情そうな男子でも本性を出すわよ」

 そのまま襲われてしまえ、と初島は思っていたのだが、しかし、

「シンちゃんは抱きついても全然驚かないよ?」

 菜穂は平然と言いながらおせんべいに噛みついた。初島は目を丸くした。

「あんた、本当に抱きついたの?新道に?」

「いっつも抱きついてるけど、背が高いからナホが見えてないのかもねえ」

「ハァ!?」

「視界が高すぎるのねえ、シンちゃんは」

 菜穂はのんきな声で言い、初島は呆れた。

「あんたたち何なの?2人揃ってバカなの?」

「どうしてみどりちゃんも橋本くんも、シンちゃんをバカにするの?」

 菜穂は怒った顔で言った。しかし全然怖くなかった。どんな顔をしていても菜穂はかわいいのだ。これはもう、生まれ持った性質としか言いようがない。

「だめだこりゃ。呆れてものも言えない」

 初島は降参してつぶやいた。

 廃ビルの部屋に、女の子2人がおせんべいを食べる音だけが響いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ