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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年9月

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2016.9.6 火曜日 サキの日記


 一番思い出しちゃいけないことだったんだよ。

 だから引っ込んじまったんだよ。


 赤い髪の幽霊、橋本がそう言った。

 所長と散歩してたら、突然こいつが現れた。

 文句を言ったら、


 俺が出てきたんじゃない。

 創が気絶したんだ。


 と言い張った。


 子供にとっては恐ろしいことなんだぞ。

 母親に真っ向から存在を否定されるのは。


 研究所に戻ってから、橋本はソファーに座ってそう言った。所長の体と、赤い髪の幽霊が同時に同じ動きをしていた。

 気持ち悪かった。

 こんなの所長じゃない。


 所長は気絶する前、朝方に見た怖い夢の話をしていた。母親に暴力を振るわれたけど、その時は橋本が前面に出ていたので痛みを感じなかった。橋本はその後、所長の体を使って窓から逃げて札幌をさまよい、修二の所へ所長を連れて行った。

 散歩に行く前は、所長は全然平気そうに見えていた。

 なのに、急にこれだ。


 駄目だ、俺もめまいがしてきた。


 橋本が頭を手でおさえた。


 さっきから体に力が入らねえんだよ。

 寝かしてくれ。


 そう言ってソファーに横になって、秒速で眠ってしまった。いくら声をかけても起きない。私は2階に駆け上がり、結城さんに所長がおかしいと言った。そこには保坂もいた。3人で1階に戻った。結城さんは、所長が息をしているのを確認すると、抱え上げて2階の所長のベッドまで運んで行った。


 こういうことって、よく起きてんの?


 保坂に聞かれた。私は『これが初めて』と答えた。でも本当は、私が知らないだけで、今まで何度もこういうことは起きたのだ。じゃなきゃ、結城さんがこんなに落ち着いて対応しているわけがない。


 最近なかったから良くなって来たと思ったんだけどな。


 結城さんが所長を見ながらつぶやいた。


 最初に来た年の冬なんか大変だったんだぞ?

 何か思い出したと言っちゃあ、

 泣きわめくか気絶するかで。


 私達は無言で1階へ行った。しばらくみんな黙っていた。私はカウンター席に座って外を眺め、結城さんはソファーに座ってじっと動かず、保坂はCDの棚をがちゃがちゃといじっていた。


 ガーシュウィンかけてもいいすか?


 保坂が言った。振り向くと、結城さんが『勝手にしろ』って感じで手を動かした。保坂がCDプレーヤーを操作し、ラプソディ・イン・ブルーが流れ始めた。今の雰囲気に全く合ってないと思った。


 ヨギナミに今日のこと知らせてもいいべ?


 今度は私にそんなことを言った。ヨギナミ?と聞くと『うん、ヨギナミ』と当たり前のように返されたので、反対する気もなくなってしまった。保坂とヨギナミって仲よかったっけ?違うグループだし、家の事情もややこしいのに。

 保坂は素早くスマホを操作し、すぐに着信の音がした(それもピアノ曲だったけど曲名はわからない)。そういえば今日は火曜日で、ヨギナミのバイトは休みだ。


 おでん持って来るって。


 と言われてもっと驚いた。何なんだこの2人。

 私は所長が心配なので、起きるまで待ってようと思ったのに、結城さんに、


 もう帰れ。平岸が来たらうるさいだろ?


 と言われてしまった。夕食の時間ギリギリに帰ったけど、なんだか自分だけ、大事な時につまはじきにされたみたいで嫌だった。

 平岸家の夕食はきのこご飯と焼き魚だった。でも、私は結城さん達と一緒におでんが食べたかった。

 夕食の後で修平に所長が倒れた話をしたら、何も言わずに考え込んでしまっていた。


 部屋に戻ってから、教科書を開いたままボーッと考えていた。試験前なのに。

 所長は大丈夫なんだろうか。

 このまま戻って来ないなんてことはないよね?

 と考えていたら、


 こないだ、佐加が持って来た曲を聴かせてくれない?


 奈々子さんの声が聞こえた。何のことだろうと思って考えてたら思い出した。Avril Lavigneの『Everybody hurts』のことだ。私は探してかけてあげた。


 きっと創くんは、全世界に拒絶されたように感じたんだと思う。


 声だけが聞こえてきた。


 思い出してしまったの。

 あまりにも辛すぎることを。


 私は次の言葉を待ったが、もう何も聞こえなかった。

 夜遅くなっていたので、私はヘッドホンを使って、日付が変わるまでこの曲を一曲リピートで聴き続けた。この曲のAvrilの声は、捨てられた子供の叫びみたいだと思いながら。




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