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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年9月

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2016.9.5 月曜日 サキの日記


 朝の6時にプロコフィエフのピアノソナタで叩き起こされたべ。


 保坂は席につくなり、私にそう言った。客がいても攻撃の手は緩まないらしい。もう少し何か聞きたかったけど、保坂はすぐに私の後ろの修平に向かって。


 お前のゴースト、久方さんについてる奴の知り合いなんだべ?


 と言った。修平は取り出そうとしていた教科書を床に落とした。佐加がそれを拾った。佐加の後ろの伊藤ちゃんがこちらを見た。


 久方のゴーストと話したってこと?


 修平は保坂に尋ねた。教科書を佐加からひったくりながら。『うん』と保坂は答えた。そこで河合先生が教室に入って来て、


 もうすぐ試験だぞ〜!


 という例のセリフを口にした。奈良崎方向から『うわあ〜』という声がした。ヨギナミはおはトレの英語がわからないと言って、杉浦に質問していた。杉浦はよどみなく正解と余計な解説を口から発し、佐加が『ホソマユうざい』とつぶやいた。

 私は保坂に幽霊の話が聞きたくて、授業中も隣の保坂が気になって仕方がなかった。保坂は授業中もノートパソコンを使い(不思議なのだけど、先生方は誰も注意しない)、休み時間はスマホで音楽を聴いていた。


 あんた、保坂のこと好きなの?

 後ろから見てると気にしてるのがバレバレなんだけど。


 昼休みにあかねにからかわれた。佐加も、


 保坂の方ばっか見てたじゃん。


 と言ったが、原因が幽霊のせいだとわかってくれたのか、話題を素早くセレブの話に変えてくれた。保坂は奈良崎、修平、高条と一緒に、昼休みが始まると教室を出ていった。4人でゴーストの話をするんだろうか。あとでカッパを尋問して内容を聞き出そうと思った。

 図書室で伊藤ちゃんが、


 保坂は昔から紙のノートじゃなくてパソコンに板書したいって言ってて、中学の時も先生ともめてたんだよね。今は『ちゃんと記録できていればどっちでもいいしょや』って感じで、先生方も何も言わないんだよね。秋倉高校は元々自由な学校だから。でも、スマホは授業中使えないの。変じゃない?サボってもバレにくいからかな。


 と言っていた。


 研究所に近づくと、やっぱり保坂がピアノを弾いてる音がした。結城さんは1階でテレビを見ていた。所長は畑に出ているという。結城さんが1階にいるのに、天井からピアノの音がする。なんだか妙に思えた。


 あいつ上手くなっただろ。


 結城さんがテレビを見ながら言った。確かに、保坂はラプソディ・イン・ブルーの前半部分をほぼ間違えずに弾くようになっていた。でも最近、何もかもが保坂ん家の事情を中心に回っているようで気に入らない。


 保坂って、いつまでここにいるんですかね?


 とりあえず母親が退院するまでって話だ。


 いつ退院するんですかね?


 さぁ、しばらくは無理だろ。

 そうとうイカれてるって話だし。


 結城さんはテレビから目を離さない。私は所長を探しに外に出た。今日も天気は曇り。この曇はこの辺一帯に居座っているのだろうか?見てると、形はどんどん変わるのに、去っていく気配が全くない。同じところをぐるぐる回っているみたいだった。まるで私みたいに。

 私は畑にしゃがんで草原を眺めた。所長はここにはいないようだ。もしかして、また橋本に乗っ取られてどこかへ行ってしまったんだろうか。

 また雲間から光が差した。それはきれいというより、ちょっと怖い光の降り方だった。別世界に誘われそうな。

 私は帰ることにした。



 昨日保坂、ヨギナミのことを聞かれたらしいよ。それで、ヨギナミのお母さんとどうする気ですかって聞き返したんだって。そしたら怒って出ていったって。


 夕食の後で、修平がそう言った。


 本当にどうするつもりなのかな、あの幽霊。


 私は聞いた。


 別にどうもしないんじゃない?今のままで。


 修平は軽く言った。でも、私はそれだけで済むとは思えなかった。奴は所長の人生を奪っているのだ。

 所長にメールを送ってみたら、


 今日は松井カフェに行ってたんだよ。


 と意外な返事が来た。しかも、高条に保坂の父親のことを尋ねたという。あの気持ち悪い父親は、たまにカフェに来て、妻の悪口を言いまくっているらしい。

 所長まで保坂に構いだした。どうなってるんだろう?

 試験近いから勉強しなきゃいけないのに集中できない。




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