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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年9月

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2016.9.1 木曜日 図書室 高谷修平

 修平はそんな夢を見て目を覚ました。新道先生から何度も聞かされた、廃ビルに集まった仲間たち。人を混乱させるようなことを言い、よからぬ行為を勧める初島。

 このあとどうなったか修平は知っている。彼らはクラスメートや近所の人に軽いイタズラをしかけた。ほんの冗談のつもりで。でもそれが意外な出合いにつながっていった。嫌だとか変だとか思われていた人が、実際にトラブルに巻き込まれてみると、意外と真面目に生きていることがわかったりした。彼らは、クラスメートや住人たちと、いつのまにか本音でぶつかり合うようになっていった。新道はどこでも人を助けてしまうので、しまいには人気者になってしまい、他の仲間、特に橋本を大いにとまどわせた。

 しかし、初島の言葉はどういう意味なのか?

「マザーアースと風は相容れない」

 修平はこの言葉を奇妙だと思った。新道先生が操る風と、何か関係があるのだろうか?

『初島の言葉を真に受けてはいけませんよ』

 新道先生の声がした。

『惑わされるだけです』

「わかってる」

 修平は着替えて、朝食をとりに平岸家に向かった。そろそろ久方に話を聞きに行ってもいいかなと考えた。新道先生と橋本に話をさせてみたいと思った。しかし

「ダメ!所長は保坂のダメ親のせいで頭が混乱してるから」

 早紀に断られた。久方は、橋本の記憶と自分の記憶の区別がつかなくなっているらしい。




 午後、修平はいつものように図書室に向かった。伊藤が知らない女子の先輩と話していたので、しばらく席に座って本を読むふりをしながら様子をうかがっていた。2人は英語の西田について話しているようだ。

「厳しいってみんな言うけど、私はあれが普通だと思う。新橋さんも言ってたもん。東京の進学校はもっと厳しいって」

 伊藤はいつ早紀と話しているのだろう?2人が一緒にいるのを修平は見たことがなかった。昼休みだろうか。

 伊藤は話しながら、顔の横に垂らした黒髪を手でいじっていた。頭に触る癖があるのは日頃見ていてわかった。本を読んでいる時も髪に触っている。でも、集中していないわけではないらしい。

「弟さんまだ暴れてるの?」

 先輩が尋ねた。修平は耳をそばだてた。弟がいるのか。

「部屋にこもってネット見てる。ほとんど会わない。ここ数日見てないかな」

 伊藤は明るく答えた。声が明るすぎて何かおかしいと修平は思った。でも、この話題は出さないほうがいいなとも思った。今、地雷を踏んで嫌われるのは避けたい。

 そのうち先輩はいなくなり、伊藤は後ろの棚から本を取り出して開いた。

『絶世の美女』という題名の本だった。

 修平はその題名と、表紙の西洋画の女の絵を見て、止まった。何か、試されている気がする。うかつなことを口走ると別な地雷が出てきそうだ。まさか『伊藤もレズビアンなの?』と聞くわけにもいかない。『だから何?』と言われてしまっては困る。『絵、好きなの?』は前にもう聞いた。

 伊藤は同じ絵をじっと見ているのか、ページもめくらず、一点に目をこらしているように見えた。よほど気になるものがあるのか、修平が話しかけるのを待っているのか。

「あのさ〜」

 修平は無難な話題を思いついた。

「こないだの短編集、面白かった」

「どこが?」

 伊藤は本から目を離さずに聞いた。

「どこが!?」

 そう来るとは思わなかった。

「いや〜、都合よくハッピーエンドにならない所とか?」

「普段の読書の質が知れる発言ですね。マンガとラノベばかり読んでいませんか?」

「あ〜」

 確かにどちらも大量に読んではいたが。

「あのさ、伊藤、機嫌悪い?」

「いいえ、別に」

「その本、好きなの?」

 修平は上手く『絶世の美女』に話題をふった。伊藤が目だけでちらっと修平を見た。

「単純に、きれいな絵がたくさん載ってるから。この本は文庫にもなっているけど、絵を見るには大きい方がいいから私はこっちのほうが好き。これでも小さいくらい。せめてA4くらいの大きさだったら良かったのに。画集はやっぱり大きさが必要っしょ」

 どうやらこの本の話がしたかったらしい。先にこの話題をふっておけばよかったと修平は思った。

「そうか〜。俺はてっきり」

「レズビアンだと思った?」

 伊藤が白けた笑い方をした。

「ごめん」

「いいえ。スマコンと同じグループだとよく聞かれるし」

「へ〜」

「お呼びになって?」

 突然、修平の真後ろにスマコンが現れた。

「わあっ!!」

 修平は驚いて飛び退いた。

「まあ伊藤ったら。またその本を見ているのね」

 スマコンが『絶世の美女』を見て、口元に手を当てて驚いた。

「また美女たちの身の上を案じているの?」

「身の上?」

 修平が聞くと、

「王様が描かせた美女たちの絵の話。中にはやりたくないのに仕方なくモデルになった人もいたんじゃないかなと思って。昔は今より女の人が目立つことに関しては厳しかったしょや。絵になったことで、その後の人生でいじめられたり悪い影響を受けた女性もいたんじゃないかって。私、この人たち見てると、思うの。この後どんな人生を送ったんだろうって」

 伊藤は美女たちが載っているページを修平に向けた。

「伊藤がそんな心配をする必要はなくってよ?男たちが女に美を求めるのは、美が女にしか備わっていないものだからですからね。男達がいくら絵を描こうが権力を持とうが、美が彼らのものになることはないのよ」

「それもちょっと男性差別的な感じがするけど」

 伊藤はスマコンを見て顔の半分をしかめて見せた。いいぞ、もっと言ってやれと修平は心の中だけで言った。

 しかし、

「韓国ドラマの男の子はみんな美しいし」

 話は変な方向に飛んだ。

 スマコンと修平が同時に真顔になった。

「あ〜そうだ!次の図書購入に韓国ドラマのDVD入れよう!!」

 伊藤が明るい声で叫んだ。

「駄目よ!伊藤!それは駄目!」

「そうだ〜!図書委員として反対!」

 スマコンと修平が叫んだ。しかし伊藤は、

「『絶世の美男子』っていう画集欲しいな〜。韓国の本探してみようかな。絵とか写真なら言葉わかんなくても見れるし」

 と言いながらスマホで本を探し始めてしまった。




『君たちは完全に、伊藤さんに遊ばれている』

 帰り道で、新道先生が言ってきた。

『いやあ、今日は、傍目で見ていると大変面白い日でした』

「何も面白くねえって。でも伊藤、明るいこともあるんだよね。でも今日の明るさはなんだか……」

『不自然です』

「わかる?」

『わかりますよ』

「やっぱり弟?ひきこもりかな?」

『そのうち話してくれるでしょう。無理に聞き出そうとしないことです』

「そうだね。それより先生、そろそろ久方の所に行く?橋本と話したくない?」

『いや、それはやめた方がいい。創くんの様子もおかしいようですし』

「あ〜、保坂の父親のせいで?」

『それだけだといいのですが』




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