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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年9月

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481/1131

2016.9.1 1979年

「火は地から生まれ、水も大地に満ちる」

 廃ビルで、初島が詩を朗読するような高らかな声を上げた。床で体育座りしながら。

「しかし、風は大地と相容れない」

「どういう意味?」

 新道が尋ねた。

「私とあんたは合わないって意味よ」

 初島が新道を見た。

「良心と邪悪は溶け合うことがない」

「意味わかんねえって」

 橋本が横から口を出した。

「新道に難しい言い回しすんなよ。こいつ馬鹿なんだから」

「シンちゃんはバカじゃないよ」

 根岸菜穂が言って、新道に笑いかけた。新道もつられて笑った。それを見た菅谷は顔をしかめた。

「水は蒸発して風に溶ける」

 初島がきれいな声で言い、ぼんやりした目で菜穂と新道を見た。菅谷の目には、それがうらやましがっているように見えた。いや、うらやんでいるのは自分か。

「その言い方だと、大地は邪悪だと言ってるように聞こえる。それとも風か?」

 菅谷は言いながらわざと新道を見た。彼にとっては新道が一番邪魔なのだ。

「大地は邪悪よ。決まってるじゃない。ありとあらゆる悪いものはそこから生まれるのよ」

 初島がまたあの、気味の悪い笑い方をした。

母なる大地(マザーアース)と風は相容れない」

「何言ってるかわからないよ」

 新道は本当に困っているようだ。初島は時々、こういう謎かけをする。他人には何のことだかわからない文言を吐く。

「火の元に水が届くには、まず風に乗らなくては」

 初島がつぶやき、一瞬菅谷に視線を走らせた。不愉快な目の使い方だった。

「新道、まだ何も思い出せないのか?」

 橋本が尋ねた。

「うん、何も」

 新道が寂しそうに言った。

「誰か知り合いが名乗り出たりしてこないのか?親とか親戚は?」

 菅谷も聞いた。彼は新道の記憶喪失のことは疑っていた。嘘ではないのか?と。

「誰も来ない」

 新道はうつむいてしまった。

「俺、何者なんだろう?」

「別になんでもねえよ。ただの馬鹿だろ?」

「バカじゃないってば!」

 菜穂が叫んだ。

「うん、わかってる」

 新道が言った。

「シンちゃ〜ん!」

 菜穂が抗議の声を上げた。

「いいじゃない。親なんていない方がいいのよ」

 初島が言った。

「確かに」

 菅谷は自分の小うるさい母親を思い出し、初島に同意した。

「ねえ、せっかくいろいろ出来る人が集まってるんだから、何か楽しいことしない?」

 初島が笑った。やはり気味の悪い笑い方だった。

「悪いことはすんなよ」

 橋本が言った。窓の外を見ながら。新道がそれに気づいて、真剣な顔で窓の前に立ちふさがった。

「そんなことしなくても飛び降りねえって」

 橋本はうんざりした様子で言った。

「どうして悪いことだと決めつけるのよ?」

 初島が尋ねた。

「お前の考えそうなことだからだよ」

 橋本が言った。

「そんなに悪いことじゃないわよ」

 初島が立ち上がった。

「ちょっとだけ、私達の力を使ってイタズラをするのよ」

「イタズラ?」

 新道が不快そうな顔をした。気が進まないようだ。

「学校の嫌な奴をからかってやるとか、近所の変な奴を脅かしてやるとか」

 初島は楽しそうに言った。

「やっぱり悪いことじゃねえかよ!」

 橋本が大声をあげた。

「やだ、真面目ぶらないでよ。学校をサボってこんな所にいるくせに」

 初島は橋本に冷たい目を向け、それから、残りの『能力のある仲間』に向かって言った。

「やってみましょうよ。あのつまんないクラスの奴らに」



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