2016.9.1 1979年
「火は地から生まれ、水も大地に満ちる」
廃ビルで、初島が詩を朗読するような高らかな声を上げた。床で体育座りしながら。
「しかし、風は大地と相容れない」
「どういう意味?」
新道が尋ねた。
「私とあんたは合わないって意味よ」
初島が新道を見た。
「良心と邪悪は溶け合うことがない」
「意味わかんねえって」
橋本が横から口を出した。
「新道に難しい言い回しすんなよ。こいつ馬鹿なんだから」
「シンちゃんはバカじゃないよ」
根岸菜穂が言って、新道に笑いかけた。新道もつられて笑った。それを見た菅谷は顔をしかめた。
「水は蒸発して風に溶ける」
初島がきれいな声で言い、ぼんやりした目で菜穂と新道を見た。菅谷の目には、それがうらやましがっているように見えた。いや、うらやんでいるのは自分か。
「その言い方だと、大地は邪悪だと言ってるように聞こえる。それとも風か?」
菅谷は言いながらわざと新道を見た。彼にとっては新道が一番邪魔なのだ。
「大地は邪悪よ。決まってるじゃない。ありとあらゆる悪いものはそこから生まれるのよ」
初島がまたあの、気味の悪い笑い方をした。
「母なる大地と風は相容れない」
「何言ってるかわからないよ」
新道は本当に困っているようだ。初島は時々、こういう謎かけをする。他人には何のことだかわからない文言を吐く。
「火の元に水が届くには、まず風に乗らなくては」
初島がつぶやき、一瞬菅谷に視線を走らせた。不愉快な目の使い方だった。
「新道、まだ何も思い出せないのか?」
橋本が尋ねた。
「うん、何も」
新道が寂しそうに言った。
「誰か知り合いが名乗り出たりしてこないのか?親とか親戚は?」
菅谷も聞いた。彼は新道の記憶喪失のことは疑っていた。嘘ではないのか?と。
「誰も来ない」
新道はうつむいてしまった。
「俺、何者なんだろう?」
「別になんでもねえよ。ただの馬鹿だろ?」
「バカじゃないってば!」
菜穂が叫んだ。
「うん、わかってる」
新道が言った。
「シンちゃ〜ん!」
菜穂が抗議の声を上げた。
「いいじゃない。親なんていない方がいいのよ」
初島が言った。
「確かに」
菅谷は自分の小うるさい母親を思い出し、初島に同意した。
「ねえ、せっかくいろいろ出来る人が集まってるんだから、何か楽しいことしない?」
初島が笑った。やはり気味の悪い笑い方だった。
「悪いことはすんなよ」
橋本が言った。窓の外を見ながら。新道がそれに気づいて、真剣な顔で窓の前に立ちふさがった。
「そんなことしなくても飛び降りねえって」
橋本はうんざりした様子で言った。
「どうして悪いことだと決めつけるのよ?」
初島が尋ねた。
「お前の考えそうなことだからだよ」
橋本が言った。
「そんなに悪いことじゃないわよ」
初島が立ち上がった。
「ちょっとだけ、私達の力を使ってイタズラをするのよ」
「イタズラ?」
新道が不快そうな顔をした。気が進まないようだ。
「学校の嫌な奴をからかってやるとか、近所の変な奴を脅かしてやるとか」
初島は楽しそうに言った。
「やっぱり悪いことじゃねえかよ!」
橋本が大声をあげた。
「やだ、真面目ぶらないでよ。学校をサボってこんな所にいるくせに」
初島は橋本に冷たい目を向け、それから、残りの『能力のある仲間』に向かって言った。
「やってみましょうよ。あのつまんないクラスの奴らに」




