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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年8月

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477/1131

2016.8.29 1979年


「なんで俺達、こういう能力持っちゃってるんだろうね」


 廃ビルの最上階、小さな部屋で、新道隆が弱った顔でつぶやいていた。今日は暑いので、彼は風を流したままにしていた。根岸菜穂はその風に水玉を乗せて遊んでいた。そのうち1つが壁に当たって、水しぶきとともに弾けた。

「根岸、ここで水遊びすんのやめろや」

 橋本旭が言い、菅谷誠一は顔をしかめた。こんな赤毛の変な奴が根岸さんに話しかけるのを見るのは不愉快だった。もちろん、風を操るノッポもだ。

「だってほら、きれいでしょ?」

 菜穂は窓に近づいて水玉を光に当てた。水玉は日光を反射してきらきら輝き、その光が菜穂の顔を照らした。その姿は、菅谷の目には聖女に見えた。彼は思わず微笑んだ。しかし、新道が同じように菜穂を見て馬鹿みたいにニコニコ笑っているのを見て、急に恥ずかしくなって真顔に戻った。

「いいわね。菜穂はいつも楽しそうで」

 壁際に座り込んでいた初島緑が、暗い顔でつぶやいた。彼女はいつ見ても常に楽しくなさそうだった。なぜこんな陰気な女が根岸さんの友達なのだろう?菅谷は不思議に思っていた。

「おまえら、ここに集まるんじゃねえよ」

 橋本がうなるような声をあげた。

「変な能力があるのはわかったけどよ、俺は関係ないし、ここは俺の隠れ家だぞ?頼むから1人にしてくれや」

「橋本を1人には出来ないよ」

 新道が言った。悲しい顔をしながら。

「うっせえよこの馬鹿」

 橋本が吐き捨てるように言って新道をにらんだ。

「そういうお前はここで何をしてるんだ?」

 菅谷はやっと、ずっと聞きたかった疑問を口にした。

「ろくに学校にも来ないで、他人が所有している建物に勝手に入りこんで、何を考えてる?」

「別に何も考えてねえって。いいから出てってくれ」

「それより、私達の能力について考えましょうよ」

 初島が口を開いた。暗い顔のまま。

「それとも、また地震を起こしてほしい?このビル、ボロボロだから、次で崩れるかもよ?」

 全員、初島を見て動きを止めた。初島の『能力』は他の3人よりもずっと強烈だった。彼女は地震を起こしたり、雷を落としたり出来るのだ。

「とにかく」

 菅谷は話を元に戻そうとした。

「学校に来いよ。髪が目立つなら黒く染めれば」

「うるせえって」

「でも橋本くん。サボるのはよくないよ?」

 菜穂が言った。

「私も来てほしい」

 初島がつぶやいた。

「そうだよ、俺と一緒に行く?」

 新道が笑いかけた。


「うっせえって!!何が学校だ!?」


 橋本がすさまじい声で怒鳴った。ビルの壁が揺れたように思えるほど大きく響く声だった。

「そういうお前らは学校行って何してんだ?どうせ授業中も居眠りしてるだけだろうが。授業とまるで関係ないことを考えて、早く1日が終わらないかなと思ってるだけだろうが。挙句の果てにヒマを持て余して俺の邪魔をしやがって。それでよく『僕は真面目な学生です。勉学に励んでいます』なんて顔ができるな?お前らのやってることは詐欺なんだよ。俺に文句言う筋合いないだろうが!」

 橋本は大きな声でがなりながら部屋の外に出ていった。みんな黙っていた。下の階をうろうろと歩き回る足音がした。

「そのうち戻って来るから」

 初島が言った。こういうことには慣れているような口ぶりだった。菅谷は呆れながらもとまどった。今橋本が言ったことは、自分がクラスの連中を見て思っていたことと同じだったからだ。勉強する気もないのに惰性だけで学校に来る馬鹿の集まり。彼はクラスメートをそういう目で見ていた。ただし、根岸菜穂以外を。

「話を戻しましょう。私達、これからどうしたらいいかしら?」

 初島が菅谷に尋ねた。

「どうって……なるべく力を人に見られないようにするしかないだろう」

「そうよね。私と菅谷は特に危ないし」

 初島は菅谷を見てニターッと笑った。笑うのを初めて見たが、菅谷は気味が悪いと思った。初島は決して醜い女ではない。どちらかというと美人だ。なのに、目を見開いて口を半開きにするこの笑い方は、まるで妖怪だ。

「シンちゃんはいいですね〜。一番自然だもんね。風が吹くの」

 菜穂が新道のまわりをくるくる回りながら言った。

「そうかな?」

 新道は少し顔を赤らめて言った。

 くそっ。

 菅谷は悔しがっていた。ノッポに笑いかける根岸さんはたまらなくかわいい。しかし、その笑顔は自分に向いていない。

「そうよ。いきなり火がついたり水が飛んできたり地震が起きたりしたらおかしいけど、風が吹いても『まあ、今日は風が強いのね』で終わりよ。うらやましい」

 初島が無表情で言った。

「そうだな。家が火事になる心配もない」

 菅谷がいら立ちと共に付け足した。

 新道は言われていることの意味がわからず、きょとんとしていた。


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