表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年8月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

470/1131

2016.8.24 水曜日 サキの日記


 やっぱり音楽なのかなあ。

 それとも昔の記憶と結びついた出来事かなあ。


 畑を見渡しながら所長が言った。

 今日はきれいな晴れだった。

 空の青に緑がいちだんと映える。


 奈々子さんは声楽をやっていたそうだから、オペラ系は避けた方がいいかもしれないね。僕も気をつけるよ。

 問題は……。


 所長が研究所の建物の方に振り向いた。かすかにピアノの音がしていた。今日はリストの日らしい。


 あのピアノ狂いだ。


 所長が顔をしかめた。




 今日、私は音楽室でオペラを見た。それが奈々子さんを刺激してしまったらしい。アイーダに出てくる女奴隷のトップレスが。彼女の時代の人には衝撃映像だったのだろうか。

 問題はその後の杉浦の発言だ。乗っ取られていたのでぼんやりとしか聞こえなかったけど、『美術用のヌードポーズ集を美術()()()()目的で買う男性がいる』のところがすごく嫌だった。そもそも、美術が女性のヌードばかり描くのも気に入らない。

 かといって、あかねみたいなのも困る。


 あら?知らないの?男の子のヌードポーズ集もたくさんあるのよ?男の尻の描き方とかね。BLのセックスを描くための体位の本だってあるし。

 今どきそんなことでごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ。男は女の体を見て歓ぶ。女は美少年が互いの肉体に溺れてハアハアしてるのを歓ぶの。

 これが自然ってものなのよ。ウフフフフ。


 こんな話を夕食の時にされてしまっては、平岸ママの料理がどんなにおいしくても、一気に食欲が喪失する。平岸夫妻はまた揃って怒り出し、あかねは挑発するように『男どうしのセックス』の描写をし続ける。私と修平はテレビの間に逃げる。


 この国は男も女も壊れてます!

 みんな狂ってるんです!


 私は叫んだ。修平は『あ〜』と変な声を出した。


 あかねのことを思い出したら嫌になってきた。

 所長に話を戻すと、


 幽霊達の記憶を刺激しないようにしたいけど、こっちは相手のことをほとんど知らないから、何に反応するかわからないんだよね。

 とりあえず橋本は、サキ君のお母さんや、昔の話になると引っ込む。

 奈々子さんはオペラを聴くと出てくる。

 サキ君が気を失った時も出てきた。

 あとは、まだわからないね。


  と言って麦茶を飲んでいた。性的な話題になると『そういう話はやめよう』と言ってすごく嫌そうな顔をした。


 世の中には、そういうことを刺激するのがいいことだと思ってる人がたくさんいる。特に、金儲けしたい人たちがね。でも僕は良くないことだと思ってる。それは宗教とか道徳は関係なくて、単に、他人の欲を刺激するのは危ないことだと思っているから。

 欲は人を狂わせるし、時に人生を駄目にするんだよ。


 所長は本当に真面目だった。前にそれで何か失敗したことがあるんだろうかと思ったけど、尋ねるのはやめておいた。なんとなく目を向けた所に、パステル画の女性がいた。この人は何なんだろう。単にきれいだから飾ってあるのだろうか。それとも、こういう美しい西洋の女の人が好みなんだろうか。

 奈々子さんが『古本屋はネットのように危ない』と言っていたのを思い出して、私と所長は、今までに見つけた危ない本の話をした。エロ本の話ではなく、戦争中の残酷な写真とか、怖いホラーとか、暴力的な内容の小説とかが『3歳の子供でも手が届く所にある』ということについて。古本の数は膨大で、毎日増え続けているので、全てを店主がチェックするのは不可能だ。客の方で当たり外れを祝ったり呪ったりするしかない。

 所長は昔『夜と霧』に、ナチスに殺されたユダヤ人の死体の写真が載っているのを見てしまって『今でも思い出すと怖くなるくらいトラウマ』だと言っていた。


 だから、

 古いエディションを見つけても絶対開いちゃ駄目だよ。


 所長は本当に真剣に私に注意した。私も怖いものは見たくないので気をつけることにした。紙の本はネットと違って、中身がどんなに危険でも警告は出ない。

 アナログはけっこう危険な世界なのだ。


 帰ってから音楽を聴こうと思ったけど、奈々子さんを刺激してしまうかもしれないと思って、無音の部屋でたまった本を読んでいた。たまに隣から修平が動く音と話し声がした。親と電話してるか、新道としゃべっているかどちらかだろう。

 私も奈々子さんとしゃべれるようになった方がいいんだろうか?

 でもまた『結城に近づくな』って言われそう。

 それは嫌だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ