2016.8.23 火曜日 サキの日記
夏休みの間、佐加は毎日のように海で遊び、藤木をからかい、たまに秋倉に来てゲーセンのおじさん達にお菓子をもらい、ヨギナミや橋本としゃべっていたそうだ。水着を自分で作りたいが、材料が特殊で予算もないため、ワンピースを作っていたという。ヨギナミはバイト。あかねはイベントと次回作の執筆。
サキさ〜、所長に会いに行き過ぎじゃない?
ほぼ毎日通ってるわよね。
もっと他のことをした方がいいと思うけど。
あかねがお弁当のエビフライをつっつきながら言った。
毎日行ってるの?それで飽きたりしない?
向こうが嫌がるとか。
ヨギナミも聞いてきた。
私はどう説明しようか悩んだ。あそこに行くことは、私の中では当たり前のことになってしまっていて、飽きるとかそういうこと以前の問題だった。ただ、所長がどう思っているかまではわからない。最近は幽霊の話もあるし。
あのね、北海道って本当は危ないとこなのよ。
だだっ広いでしょ?人がいない場所がすごく多いっていうか、ほとんどの場所で人目、ないでしょ?うっかり誰かに拉致されて山奥にでも監禁されたら、誰も見つけてくれないわよ。
そういうこと考えたことないでしょ。あんた。
人を信じすぎるのよ。もっと気をつけた方がいいわよ。
あかねはどうしてそんなことを急に言い出したのだろう?今まで一緒に所長のことを面白がってたくせに。言ってることは本当だし、前に、札幌だけで100人近い子供の安否が不明とか、ニュースで児童相談所の人が言っていた気はするけど。
なんとなくモヤモヤしながら午後の授業を終え、私は図書室に行った。カウンターに修平がいたので一瞬帰ろうかなと思ったけど、無視して通り過ぎて本棚の奥へ行った。伊藤ちゃんが隅の本棚から本を全部取り出して、中のほこりを払っていた。私は新書をてきとうに何冊か手に取ってパラパラと見た。『真理はすべての人間の心に備わっています』と書いてあった。それはガンディーの言葉だという。
本当だろうか。女の子を監禁してレイプしたり、動画を撮ったりするバカにも真理はあるのだろうか。そうは思えないのだが。
私はまた畠山を思い出した。それだけじゃない。あいつに触られた時の不快感とか、押し倒された時の恐怖心とか、そういうのが一気によみがえってきた。体が震えて、私は本を落とした。伊藤ちゃんが近寄ってきた。
大丈夫?
伊藤ちゃんが本を拾おうと身をかがめた瞬間、私は意識を失った。
気がつくと、草原の真ん中にいた。
雨がやんで、雲間から光が差し、
風に揺れる草が雨粒できらめいていた。
本当にきれいに。
一瞬、死んで天国に来てしまったのかと思った。
サキ君。
声がした。すぐ横に、所長と修平がいた。
図書室で気を失ったって、奈々子さんが今まで話してたんだ。覚えてる?
所長が言った。
サキをここまで連れて来たのは奈々子さんだよ。
サキが気を失って倒れたから、代わりに体を操ってここまで歩いてきたんだって。
修平が言った。
私はどう答えていいかわからなかった。でも、
何か、ショックなことを思い出したんだって?
修平がそう言ったとたん、図書室で考えていたことを全部思い出した。
またあいつだ。畠山。
いつまで私を苦しめる気なんだろう。
奈々子さん、一体何を話したの?
私は尋ねた。
余計なことをバラされていないか心配だった。
詳しくは何も。
ただ、嫌なことを思い出して気分が悪くなったんだろうって。急に意識が遮断されたから驚いたって言ってた。
所長が話し終える前に、私は歩き出した。早足で。修平が後ろで何か言ってるのが聞こえたけど、答える気にならなかった。
幽霊は、私の過去を知ってる。
そのことに思い当たって、不安と怒りがないまぜになって私の中に吹き出して来ていた。
どうしよう。
そのうちまた出てきて、余計なことを話されたら。
出てこないで。
私は歩きながらつぶやいた。
余計なことは話さないで。
返事はなかった。私はいつの間にか平岸家に着いていた。平岸ママが焼いた大量のマドレーヌを1人で半分以上食べ、具合が悪くなって夕食は食べなかった。修平がドアを叩いて『大丈夫?』と言った。無視した。誰とも話したくなかったけど、所長には一応お詫びのメールを送っておいた。『別に気にしてないよ』という返事が来た。
私はその後すぐ眠り、夜中の3時頃起きて、またコーヒーを飲んでしまって、眠れないから今これを書いてる。もう水曜だ。音楽の授業がある。また彼女が出てくるんじゃないだろうか。
やっぱり美術を選択すればよかった。
なんで音楽にしちゃったんだろう?




