2016.8.21 日曜日 サキの日記
まだ痛いんだよこれ。キーボードも打ちにくいし。
冗談じゃないよもう。
所長が、手の甲に貼ったガーゼを見せながら文句を言った。
昨日、所長はまた橋本に体を勝手に使われた。しかし、いつもと様子が違っていたという。
一緒に歩いているみたいに、
見えるんだよ。自分の体が。
前を歩いていくのが。
操られている間も意識があったという。橋本はヨギナミの家に行き、草刈りを始めた。すると、あの保坂の怖い母親がやって来て、叫びながら家のドアをがんがん叩き始めた。止めようとしたら突き飛ばされたと。
あの人は狂ってる。完全に狂ってる。
普通の人はあんな声で叫ばない。
すごく怖い声だったらしい。所長は目をきつく閉じて頭を振った。
一度見たら忘れられないよあんなの。
なんで僕がこんな目にあわなきゃいけないんだって言いたいけど、今回ばかりは悪いのはあいつじゃなくて狂った人だし。
天井からはまたガーシュインのSwaneeとかLimehouse nightsとか、そんな曲が聴こえていた。所長は、保坂が来たら文句を言ってやるとか言い出したけど、私はそれはやめてほしいと言った。保坂本人には責任はない。もちろんヨギナミにも。
一番悪いのは父親なんですけど、今行方不明らしいですよ。
あの人が殺したんじゃない?十分ありうると思うな。
怖いこと言わないでくださいよ、所長。
私達はそんなことを話してから、夏休みの終わりを2人で残念がった。ほんとは所長は関係ないけど。学校が始まったら、また、いつかの音楽の時間みたいなことが起きるんじゃないか。私も所長もそれを心配していた。
結城は結局夏の間ずっとだんまりか。
もう少し何か教えてくれたっていいのになあ。
本当ですねえ。
夏休み最後の日はまったりと過ぎていく。あいにく天気も雨。それも、怖いくらい強い雨だった。所長が外に出たがらないくらい。散歩のかわりに、2階に並べてあるハーブのプランターを眺めて過ごした。帰りに所長がミントとセージを分けてくれた。セージの葉は揚げて食べるとおいしいよと所長は言った。平岸ママが試しに作ってくれた。豆みたいな味がした。
夏休み終わったなあ。俺何もしてないよまだ。
夕食の時に修平が言った。元気がなさそうだった。
私はこの夏、何をしてたか思い出そうとした。佐加やヨギナミの誕生日。衝撃的な自分の誕生日と母のこと。母と橋本に関係があったこと。なぜ私を避けるのかわかってきたこと。それが一番大きな出来事だった。それから、所長と散歩して、結城さんと話をして、そういえば駒さんが来たとき、結城さんが酔っ払って変なことを言ったっけ。
そして、私には奈々子さんが取りついている。
あまり姿を見せないけど。
いろんなことがあったんだな。
部屋に戻ってから、スマコンが配信した占いにみんなが文句を言っているのを見つつ、これから何が起きるんだろうと考えた。でも先のことなんてわからない。わかっているのは9月に前期末試験があって、その後に修学旅行があることだ。
私、幽霊と旅行に行くのか。カッパもだけど。
もう嫌な予感しかしない。




