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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年8月

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2016.8.19 金曜日 サキの日記


 『グレープバインの曲が聴きたい』と彼女は言った。


 始めちゃんと聞き取れなくて、幽霊のくせにぶどうが食べたいとか言い出したのかと思った。そうではなく、グレープバインという名前のバンドがあり、『白日』という曲が聴きたかったらしい。私はネットで探してその曲をかけてあげた。声は聞こえなくなった。もう20年近く前のその曲を、私は午前中ずっと聴いていた。歌詞に何か意味があるのかなと思いながら。でも、このバンドの歌詞はけっこう難解で、決まった意味はとれなさそうだ。

 私はその曲を所長に聴かせるため、研究所に行った。

 ところが、


 あいつ?札幌の友達に拉致されたよ。

 ポットを作った奴に会いに行くって。


 1階には結城さんしかいなかった。また奈々子さんが叫び出すんじゃないかと思ったけど、何も起きなかった。私は結城さんにこの曲を聴かせてみた。


 いや、俺実は若い頃クラシック以外の音楽聴いてなくてさ。ちょっとわかんない。ごめん。


 と言われた。残念。

 何か思い出が出てくるかと思ったのに。

 結城さんはまた所長のCDを勝手にあさって、モーツァルトのピアノ協奏曲を聴いていた。22番の第3楽章。明るい曲だ。


 ところで新橋さ、なんで久方のとこに毎日来んの?

 夏休みってそんなに暇?


 暇じゃないですよ。高校2年は勉強しなきゃいけないんです。大学行くし。


 大学で何すんの?


 そこまでは決めてません。


 結城さんはそこでCDを止め、ガーシュインのピアノソロに入れ替えた。


 保坂、これが弾きたいんですか?


 そうなんだよね。

 レベル的にどうかなと思ったんだけど、

 やる気だけはあるし。


 結城さんがいつも弾いてるベートーベンやリストやラヴェルとは全然違う雰囲気だ。ジャズピアノなんだろうか?古いカフェとかでかかってそうな曲が多かった。


 最近はボサノバが多くて、ピアノかけてる店ってあんまないな。札幌のカフェなんか、いつもブラジルのボサノバがかかってる。たぶん誰も歌詞の意味わかってないよね。


 結城さんはずっとCDプレーヤーに向かって話していて、私の方を見ようとしない。

 でも、横顔もきれいだ。

 なんでこんなにきれいなんだろう。

 私は今かかっている曲名を見た。whipowillと書いてあったけど意味はわからない。しばらくケースの文字を読むふりをして、結城さんをちらちら見ていた。全く動かずに音に聴き入っている。一体何を考えているのだろう?


 音の強弱を聴き取っているの。

 微妙なニュアンスも。


 声が聞こえた。私はまわりを見回した。もちろん私と結城さん以外誰もいない。外は曇っていて、あまり日差しがない。部屋には昼間から電気がついている。所長がいたら昼間はまず明かりを使わない。そのせいか、いつもとは違う場所にいるような、体が浮遊する感じがした。私は少し怖くなった。

 結城さんが動かないので、私は帰ることにした。所長に『また助手が勝手にCD出してますよ』とメールした。

 夕方、返事が来た。


 札幌の友達に聞いてみた。昔は、創成川に公園はなくて、ただの真っ直ぐな道だったんだって。あの公園は新しく出来たものだって。

 やっぱり夢に出てきたのはあそこだよ。間違いない。


 所長は、自分なりに何かを探ろうとしているようだ。でも、探った先に何が出てくるだろう?母のいとこの話みたいな残酷なものがまた出てくるんじゃないか。そう思えてならなかった。

 そういえば、母はあのメールの後どうしたんだろう?そろそろドラマの収録で忙しくなって、辛い昔を思い出すこともなくなるんだろうか。

 夏の特番は別な意味で好評だった。元々のサスペンスの内容なんて誰も気にしていない。みんな、火口から復活してよくわかんない黒服の手下を従えた、サイコな女:妙子の言動だけをネタにして笑い、感想のいくつかはリツイートされまくっていた。

『気持ち悪すぎて笑うしかない』というコメントが、一番真実を表している。

 私は相手役の若い俳優の苦労を思い、ご冥福を祈りながらスマホを閉じた。

 それから学生らしく、数学と英語をやった。




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