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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年8月

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2016.8.18 木曜日 研究所

 台風は温帯低気圧に変わって通過。雨はやんだが、空は厚く雲に覆われたままだ。天井からはピアノの音が降ってくる。ガーシュインだ。どうも、これを弾きたいと言ったのは保坂で、ピアノ狂いは慌てて練習しているようだ。一体ここを何だと思っているのだろう?

 久方は窓の外を眺めながら、ここ数日のことを考えていた。雨の中で橋本に会ったのを最後に、変わったことは起きていない。呼びかけにはあいかわらず答えてくれない。しかし『俺たちのことを探るな』とはどういうことだろう?俺たちというのは、自分と久方のことなのか、それとも夢で見た記憶の中の不良のような集まりのことなのか。


 気に入らないよ。


 久方はつぶやいた。


 そっちは僕のことを何でも知ってるのに、

 僕には何も知られたくないなんて。


 返事はない。




 昼頃に早紀が、3時頃に保坂がやってきた。今日は他の男子は来ていないようだ。

 予想通り、たどたどしい音使いがガーシュインを真似始めた。


 ほんとにあれを弾く気なんですね、保坂。

 難しそうなのに。


 早紀が麦茶を飲みながら天井を見た。


 聴くだけならかっこいいけど、弾くのは大変だろうね。


 久方は言った。その大変そうな曲を、ピアノ狂いはいとも簡単に弾いていることになるが、そのことには触れないことにした。


 奈々子さん。絶対結城さんのこと好きなんですよ。

 だから私が近づこうとすると叫んで邪魔するんですよ。

 どうしたらいいんでしょうね。


 早紀はつぶやきながら、メレンゲクッキーに手を伸ばした。『そのまま邪魔しててください』と久方は心で思ったが、もちろん口には出さない。


 僕の方も何の話も聞けてない。

 ねえ、なんで僕ら、関係ないはずの他人の幽霊に時間を奪われなきゃいけないんだろう?僕はそれが昔から嫌でたまらなかった。他にやるべきことはあるはずだよね?


 本を読むとか、音楽を聴くとかですかねえ。


 そうだよ。そういう時間も奪われてる。


 音楽を聴こうにも、ピアノの音がうるさいですしねえ。


 そうなんだよなぁ。


 2人は同時に天井を見上げ、未熟なガーシュインらしきメロディを聴いた。




 早紀は保坂と一緒に帰って行った。玄関に出た時、郵便受けに封筒が入っているのが見えた。神戸の義理の母親からだった。いつまでも帰って来ないので心配していると書いてあった。メールもたまに来るし、LINEだってやっているのに、わざわざ手書きで送って来たということは、直接話したほうがいいということだ。

 久方は母親に電話した。


  返って来たほうがええんやないの?危ないわ。


 母は駒と同じことを言った。話は全て伝わっているのだろう。


 そうだけど、何が起きたか突き止めないと帰れないよ。


 久方は言った。何を突き止めたいのかは自分でもよくわからなかった。


 帰ったほうがいいぞ。


 声がした。


 もうお前にはまともな家族がいるだろうが。

 なんで狂った奴にこだわる?


 だからその『狂った奴』って何なの?


 久方は叫んだ。返事はなかった。

 

 どうしたん、いきなり大声で。


 母親と通話中なのを忘れていた。謝ってから、当たり障りのない世間話をした。母親は『またお菓子送るわ』と言った。それで通話は終わった。


 お〜い、久方、いるかぁ?


 幸せな奴の声がした。

 久方は顔をしかめた。この声は槙田利数だ。


 夏休み中に一回会っとこうと思ってさ、あ、岩保のロボットまだいるんだな。


 自他共に認めるリア充、槙田が部屋に入って来た。

 

 今日は客が多い日だなあ。


 久方はそう言って頭をひっかいた。


 さっきまで地元の学生が来てたんだよ。


 助手も降りてきて『ああ、槙田さん。久しぶりですね』とにこやかに笑った。

 槙田に『もう一人と面と向かって話をした』と言ったら、大げさにのけぞって驚いていた。


 そんなことあんの?へぇ〜!!

 案外これから仲良くなったりしてな。


 冗談じゃないよ。

 僕の人生を何だと思ってるのさ。


 へえ?そういうこと言えるようになったのか。


 槙田が感心した。


 前は幽霊の話になるとひたすら避けるか怯えるか、下手すると気絶してたのになあ。

 きっとお前強くなってきたんだな。


 槙田が言うと、


 そうですか?俺にはあいかわらずクソガキにしか見えてませんけどね。


 結城が偉そうに言った。それから、槙田と結城は勝手に別な話で盛り上がっていた。久方は、先程言われたことを1人でずっと考え続けた。


 強くなった?

 どこが?






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