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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年8月

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457/1131

2016.8.15 1979年

「これ、読んでください!」

 知らない女の子が頭を下げながら、封筒を勢いよく前に差し出した。

 ああ、またラブレターか。

 菅谷誠一はうんざりしながらも、それを受け取った。女の子は真っ赤な顔で廊下を走り去って行った。

 彼は端正で美しい顔をしていた。女の子達から一方的に恋い焦がれられることが多かった。しかし。

 くだらない。

 菅谷は彼女達に全く関心がなかった。嫌悪感すら抱いていた。ろくに知りもしない相手に、思い込みだけで舞い上がってラブレターを書く。どういう神経をしているのかわかったものではない。

 菅谷は封筒を見つめた。

 すると、端に火がついた。

 火はそのままゆっくりと封筒を焼き尽くし、灰が廊下に落ちた。菅谷は靴でそれを散らした。

「すーがーやーくん?」

 聞き慣れたかわいい声がして、菅谷は慌てて振り返った。そこには根岸菜穂がいて、何かを企んでいるかのようにニヤニヤと笑っていた。

 菅谷の顔に火がついた。

 しまった、今のを見られていたのか。

 よりによって根岸さんに。

「今、ラブレターを燃やしたよね?マッチもライターも使わずに」

 菅谷は何を言っていいかわからなくなった。走って逃げたいと思った。さっきの女の子みたいに。いや、もっと速く走って、そのまま永遠に戻って来ない自信があった。

「菅谷くんも不思議な力を持ってる人なんだ!キャッ!」

 菜穂は嬉しそうに子供っぽい叫び声をあげた。

 菅谷くん『も』?

 それはどういうことだ?

「シンちゃんみたい!」

「シンちゃんって誰?」

 やっと言葉が出てきた。しかし、わざわざ聞かなくても、それが誰か菅谷は既に知っていた。最近転校してきたあのいまいましいノッポのことだ。根岸菜穂に絶えずくっついて回り、クラスメート達に熱いねヒューヒューと冷やかされている、あの男。

「新道くんのこと。ねえ、今日暇?一緒にシンちゃん達の隠れ家に行こう!不思議な人ならきっと仲良くできるよ?」

 菜穂は無邪気にそう言った。

 隠れ家?

 その言葉には、とてもいやらしい響きがあった。純粋そうな根岸さんが、あんなノッポとどこかに隠れて何かしている。そう思っただけで虫酸が走る。これはなんとかしなくては。

「わかった。一緒に行く」

 菅谷は真面目にそう答えた。



 案内されたのは、廃墟になっているビルだった。入り口にはチェーンがかけられ、『立入禁止』の札が下がっている。しかし、菜穂はそのチェーンを、なんでもないがごとく軽々と飛び越えた。菅谷は驚き、立ちすくんだ。

「何してんの?早く早く!」

 菜穂は、なぜか片側だけ開いている(というより、『壊れている』)入り口のドアに手をかけて笑うと、そのまま中に入って行ってしまった。

 菅谷は迷った。ここに入ったら、二度と元に戻れない何かが起きそうな気がした。しかし、根岸さんをこんな人気のない場所で一人にしておくわけにはいかない。

 菅谷は恐る恐るチェーンをまたぎ越し、ビルの中に入った。薄暗く、全てが灰色で、汚い。あちこちに経年のヒビが入っている。肺に空気の汚れを感じる。菜穂が右に曲がるのが見えたので行ってみると、そこにはやはり灰色の階段があって、窓から入ってくる光でかろうじて足元が見えた。あの根岸さんが、こんな階段をためらいもせずに上がっていく。菅谷はその後を追いながら決めた。必ず彼女を説得して、こんな所に来てはいけないと言わなくては。

「シンちゃ〜ん!あ!みどりちゃんと橋本くんもいるよ」

 最上階のドアの前で振り返って笑う菜穂は、とびきりかわいかった。しかし、その奥にいる3人を見て、菅谷は顔をしかめた。赤い髪の、明らかにおかしな奴が1人。腹立たしいノッポが1人。そしてなぜか、クラスの女子、初島緑が、窓の下に暗い顔で体育座りしていた。

「また増えた……」

 赤い髪が菅谷を見るなり、うんざりして顔をそむけた。

「なんでここに来たの?優等生」

 ショートカットの初島が不快そうに言った。

「お前ら、こんな所で何してるんだ!?」

 菅谷は叫んだ。

「不思議な人の集まりなの!」

 菜穂はあくまで無邪気に言った。

「あのね、菅谷くん、手から火が出せるんだよ!マッチも何も使わずにラブレターを燃やしたの!」

 菅谷は再び顔が真っ赤になるのを感じた。今日は最悪の日だ。誰にも知られたくない秘密をあの根岸さんに知られたばかりか、こんなうさんくさい奴らにバラされるなんて。

「ほんと?」

 ノッポが目を輝かせて手を軽く上げた。すると、部屋の中に風が起きて、全員の髪が強くなびいた。立っていた菜穂のスカートがめくれそうになったので、新道は慌てて手を下ろした。

「シンちゃん!」

 菜穂が新道をにらんだ。

「ごめん」

 新道は本当にすまなさそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。

「今の見てたよね。俺は風を操れる。どうしてかわからないけど」

「おい、これ燃やしてみろよ」

 赤い髪の男、橋本が、ノートの切れ端を菅谷に突きつけた。菅谷はそれをひったくると、あっという間に灰にした。こんな所からは早く出たい。根岸さんを連れて。

「おぉ〜!!」

 灰になった切れ端を見て、全員が感心した。

「というわけで!菅谷くんも今日からここに来ていいよね?」

 菜穂がそう言って笑った。新道は少し複雑な顔をした。それを見た橋本と初島は、揃って意地悪な笑みを菅谷に向けた。

 誰がこんな所に来るか。

 そう言おうとした時、菜穂が彼の目を真っ直ぐに見た。とびきり純粋な、期待を帯びた目で。

「──また来る」

 そう、菅谷は言ってしまった。

 彼にとっては、これが全ての始まりだった。




 

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