2016.8.11 木曜日 サキの日記 誕生日
私は17歳になった。もう大人だと思う。自分では。でもまだ未成年だ。
夜眠れなかったせいで朝方に寝てしまって、あかねが『もう朝ごはんできてるんだけど!?』と怒鳴りに来た。母とバカはもう食べ終わっていて、テレビの間でどこかのスイーツ特集を見ていた。佐加と杉浦と高条が夕食に来るとあかねが言った。またしてもヨギナミが入っていないのが気になったけど、誕生日にケンカはしたくないので聞けなかった。
食べ終わった頃に修平が来て『こないだの栗の仕返し』と言いながら、激辛のキャンディを私の前に置いた。どこで見つけて来たんだこんなもん。あとで佐加に見せて一緒にカッパ退治しようと思った。体調に響かない程度に。
平岸ママが『ケーキを作りましょう』と言って、母をキッチンに連れて行った。バカは、
じゃ〜俺は久方さんにあいさつしてこよウゲホッ!
私の攻撃を受けて倒れた。奴が死んだふりをしている間に、私は平岸パパに言って、昼はヨギナミのレストランに行くことに決めてしまった。もちろんバカを連行するためだ。ヨギナミに親のバカ度を披露するのは気が引けたが、所長の所に行かせないためには仕方ない。背に腹はかえられないという言葉の意味はたぶんそれだ。一応ヨギナミにもメールを送ってみたけど、仕事中で読んでなかったかもしれない。
あかねは予想通り『あたしは行かないから』と言って部屋にこもった。修平も、体力を温存したいとか言って不参加。私はおじさん2人と車に乗り、レストランに行った。今日の受付は別なおばさんで、バカのことをよく知っていて、写真撮っていいですかと聞いてきた。バカは喜んで応じ、バカらしいバカなポーズで画面におさまっていた。なぜか平岸パパもちゃっかり参加していた。
ヨギナミは別なテーブルを担当していて、こっちに向かって笑顔で手を振った。客が多くて話しに来る暇はなさそうだった。
私はハンバーグランチを食べながら、バカをいかに研究所から遠ざけるかを考えていた。駅前のコンビニに連れて行くか、いっそ別な町に観光に行ってもらうか。たぶん秋倉から離したほうがいいだろうと判断。平岸パパにどこかいいところはないか聞いた。
夏休みはどこに行っても混んでるからなあ。
と、平岸パパはあまり気乗りしない様子だった。しかし、バカが『草原のど真ん中でおもしろい写真を撮りたい』と自ら意味不明な提案をしたため、帰りに平岸パパの知り合いの牧場へ行った。そして、草花や牛と戯れるおバカの写真撮影を手伝う羽目になった。牧場の人がテレビも演劇も見ない人で、バカを知らなかったせいもあり、奴はむやみに飛び跳ねて存在をアピールしていた。
そんな父を持ってしまった私は悲しい。
なぜ誕生日に、親のバカさを悲しまにゃいかんのだ。
『自分の誕生日だから喜べないんだ』
いつか佐加に言ってしまった言葉がまたよみがえってきた。友達の誕生日はおめでたい。でも、自分の誕生日はなぜかそう思えない。あかねは自分の誕生日が嫌いだし、ヨギナミの誕生日を、あの母親は喜んでいなかった。
平岸パパはその後バカに『2人で飲みに行くべ』と言って、こないだ駒さんを連れて行った居酒屋の話を始めた。私も加わりたかったのに平岸家で降ろされてしまった。あの2人で何を話すのか。きっと、私と所長と結城さんの話に違いない。
平岸家に入ろうとしたら、
準備中だから入れません。
夕方5時をお楽しみに!
とあかねに言われ、ピシャッと戸を閉められた。鍵をかける音までした。誕生日なのに行くところがない私は、所長に会いたいと思いながらも自分の部屋に戻った。昼寝のつもりが5時まで寝てしまい、『ちょっと!もう用意できてるんだけど!!』とあかねにドアを蹴られた。
ぼんやりした頭で平岸家に行くと、佐加たちも揃っていた。テーブルの真ん中にケーキが出来ていたが、右半分のクリームが変な形に崩れていた。妙子の仕業に違いない。
手が震えちゃって大変だったのよぉ。
と、40代の娘が言った。バカが隣でバカみたいに笑っていた。杉浦がケーキのろうそくに火をつけた。吹き消すのに3回かかった。みんなが拍手した。
佐加がローリーズファームのワンピースをくれた。クリーム色のゆったりしたデザインのものだ。高条はコーヒーとクッキーの詰め合わせ。カフェの商品そのまま持って来ただけなのは見てすぐわかったけど、好きなものだから良し。杉浦はもちろんアマゾン。あかねもアマゾン。今月は本代に困らなさそうだ。
17歳!イェ〜イ!
と佐加が叫んだせいで、子供の世界に逆戻りしたような感じがしてしまったが、こうやって家族や友達と過ごす誕生日もまあ、いいかなと思った。でもなぜか、劇団の人たちが懐かしい。安っぽい居酒屋のパーティーが恋しい。今年もみんなメールや手紙で『おめでとう』と言ってくれて、プレゼントを送ってくれた人もいる。でも会えない。一体どっちが私の家族なんだろう。母はずっとにこにこしていた。ありえないくらい笑っていた。母が笑うのを『ありえない』って表現している私は何なんだろう。
アパートに戻ったら、郵便受けからリボンがはみ出しているのが見えた。開けてみたら、濃い緑色の紙袋が入っていて、中に、きれいなバースデーカードと、キャメル色のブックカバーが入っていた。単行本が入るサイズで、本革の。
私はすぐにメールでお礼を言った。
たぶん使うだろうと思って。
でも、何らかの信条があって革製品を使いたくないなら、僕が使ってる紙のカバーと交換するけど。
という、本気なのか冗談なのかわからない返信が来た。私はその必要はないと言った。
カバーは重みがあって、本物の匂いがした。




