2016.8.7 日曜日 サキの日記 ゲーセン
結城さんの様子を見に行きたかったのに、今日は第3グループでゲーセンに行くだった。佐加も来るけど、学校に強制された行事みたいで、全然楽しみじゃなかった。
あかねと修平、カフェで高条や佐加と合流して、平岸パパの車でマンボーまで行ったんだけど、その間も私はピアノやチェロのこととか、昨日の『飲み会』の会話ばかり思い出していた。バカみたいに酔っ払った結城さんのことも。あの言葉も、手の感触も。
遠くの友人……ウフフフフ。
駒さんの話をしたら、助手席のあかねがまた例の笑いを漏らした。
懐かしい旧友との再会。友情は実は愛情だったと気づき、人気のない山奥の家で2人は激しく愛し合うのよ……ウフフフフ。
翻訳:『友人の訪問』で妄想してみたわ。
後部座席で高条が修平に『これと一緒に修学旅行だぞ、考えてみろ』と小声で言っているのが聞こえた。修平は返事をしなかった。
大きくて、昼間でもぴかぴかに光っている『パチンコ・マンボー』の建物に近づいた時、佐加が、
あ〜!奈良のとっつぁんだ〜!
と叫んだ。例のクセの強そうな色黒のおじさんが店に入るところだった。
玉出たらなんか食いもんちょ〜だい!
佐加が窓を開けて叫ぶと、とっつぁんも、
おう!任しとけ!
と偉そうに言った。近くのおっさん達がげらげら笑った。
お前何なの?こんなとこに入り浸ってんの?
あのおっさん達何?
高条が文句を言った。あかねはずっとニヤニヤしていた。きっと頭が妄想かアニメグッズでいっぱいだったに違いない。
私達はパチンコとは別の入口、子供でも入れるゲーセンコーナーに向かった。前に一度来たことがある。佐加は予想通り『またリズムゲームで勝負しよう』と言い出した。修平は『俺、見てるだけにする』と言い、高条は無反応だった。あかねはお目当てのアニメグッズが入っているクレーンゲームばかり見ていた。結局、佐加に乗ったのは私だけ。私は体を動かしながら思った。
『このグループ、駄目かも』
私と佐加が全身で勝負している間、あかねはクレーンゲームに貢ぎまくり、高条と修平は別なゲームをしていた。
修学旅行がグループ行動じゃなくて、
個人行動だったら良かったのに。
この4人でまとまって行動するのは無理だ。
高条が何かのゲーム(たぶん格闘系)にはまりこんでしまい、修平は一人でふらふらとどこかへ消えた。あかねは目当てのものをやっと釣り、よし!と叫んだ。私は佐加に、 『修学旅行の時だけ第1グループに入りたい』と言って、佐加に、『無理』と一刀両断された。
ヨギナミに土産持ってきたいからさ〜、
とっつぁんの様子見に行こう。
佐加と一緒にパチンココーナーへの通路を通った。狭くて、タバコの匂いがした。とっつぁんは真ん中の列の端の台にいた。
おう。出玉は上々よ。ちょっと待ってろ。
佐加が近づくと、とっつぁんがそう言いながら立ち上がった。とっつぁんはお菓子と小さなネックレスを交換して私達にくれた。ネックレスはヨギナミにあげることにして、通路の椅子でお菓子を食べた。高条とあかねのことは完全に忘れていた。通路の隅の椅子に修平が座っていた。目を閉じて、眠っているように見えた。もう少しゲームで盛り上がるかと思っていたのに、静かだ。怪しい。
私と佐加はからかってやろうと思って修平に近づいた。
そして気づいた。
顔がおかしなほど真っ青だということに。
大丈夫?と声をかけると、平気、と小さくつぶやいた。でも動く気配はない。
新橋さん。
声がした。後ろに、あの、壁から生えてきた眼鏡のおじさん、新道が立っていた。全身を見ると不自然なほど背が高い。
平岸さんのお父さんを呼んでください。
修平君は今朝から具合が悪く、
今、一歩も動けない状態です。
新道は表情も声も悲しげだった。私はすぐ平岸パパに電話した。やっと私達の不在に気づいた高条とあかねが近づいてきた。私は事情を説明した。
朝から具合悪いなら最初から来なきゃいいじゃない。
なんで無理するのよ。
あかねが言った。修平は反応しなかった。私は新道を見た。彼はまだそこにいた。話したかったけど、他の人にはこのおじさんが見えていない。
話したいんですね?あとでお部屋に伺っても?
新道が言った。私はうなずいた。
平岸パパがすぐにやってきた。奈良のとっつぁんも手伝いに来て、みんなで修平を車まで運んだ。
俺が診療所に連れて行くから、
みんなは残って遊んでなさい。
平岸パパはそう言ったが、もう誰も遊ぶ気になんかならなかった。平岸パパはまず松井カフェで高条と佐加を降ろし、平岸家で私とあかねを降ろしてから、診療所に向かって走り去った。
あいつ、修学旅行なんて無理じゃない?
あんなに体力がないんじゃ。
あかねが走り去る車を見ながらつぶやいた。
うちのグループ、修学旅行はボイコットしたほうがいいんじゃない?
代金はヨギナミにでもくれてやればいいのよ。
あかねはそう言いながら平岸家に入っていった。私は部屋に戻って、さっきの新道が現れるのを待とうかと思った。でも、まず修平が戻って来ないと無理だと気づいて、時間つぶしに衝動買いした洋書を読んだ。でも、うっかり愛だの恋だのが書いてあるものを買っていたため、昨日の結城さんを思い出してまた悶々と考え事をしてたら夕方になった。
夕食の席に修平の姿はなかった。もう部屋に戻ってはいるが、
しばらく動き回るのは無理そうなの。
と平岸ママは言った。
そんなに重い症状のある人、ここで預かってていいわけ?私嫌なんだけど。学校で死なれるの。
とあかねが言い、平岸パパは『そんなこと言うんじゃない』と険しい表情で言った。
夕食のあと、私は修平の部屋のドアをノックして、大丈夫?と声をかけてみた。なんだかよくわからないもぞもぞした声が返ってきた。とりあえず生きてはいるらしい。
お邪魔しています。
私の部屋には既に新道がいた。
床に正座してこちらを見上げ、笑っていた。
お部屋を拝見していましたが、すごい量の本ですね。
しかも半分は英語だ。感心しました。
私には読めません。外国語はどうも苦手でして。
新道は感じ良く微笑んだ。
修平は大丈夫なんですか?
ええ、何とか大事は逃れましたが、しばらくは安静にしていなくてはなりません。
何の病気なんですか?
はっきりした病名はありません。ただ、時々、内臓が上手く働かなくなるようなのです。原因はわかっていません。なので『体が弱い』と普段は説明しているのです。
新道の話し方はとても丁寧で、発声もはっきりしていた。幽霊の声とは思えないくらいに。
出来れば私ではなく、修平君と話をして欲しいのです。私は本来ここにいるべきではない存在ですし、修平君はあなたと話がしたいと思っています。主に私達の話を。橋本や、神崎さんの話をね。
ところで新橋さん。
修平君の何がそんなに嫌なのですか?
え?別に嫌ではないですけど……。
私は困った。『生理的に苦手なタイプです』とか『馴れ馴れしいカッパだからです』 なんて、とてもこの人には言えない。どうしようか考えていると、
あぁ〜、わかりました。
なんとなく察しがつきました。はいはい。
勝手に何かを納得されてしまった。
なんかこの人、怖い。話し方は丁寧で物腰も優しそうだけど、腹に何か隠してそうな気がする。
本来私が出しゃばる所ではありませんが、私が知っていることを1つだけ教えてあげましょう。
神崎さんは、創くんを初島、つまり母親から引き離そうとしていました。それは、橋本に助けを求められたからです。私は生前、一度、彼らに会って話したことがあります。
私は驚いて新道を見た。顔から笑いが消えていた。
初島は札幌でも、創くんを家に閉じ込めて外に出しませんでした。暴力もあったそうです。橋本は創くんの体を操って脱走し、神崎さんと、高谷修二君に助けを求めた。彼らはそれに応えた。それで、初島に目をつけられてしまった。
新道はそこまで話すと、視線を下に落とした。
橋本はきっと、その時のことを後悔しているのでしょう。だから創くんに当時のことを聞かれても答えないのです。
新橋さん。1つわかっていてほしいことがあります。
創くんは母親にひどい扱いを受けてそうとうな傷を負った。でも、それを間近で見て体験した橋本だって、同じくらいダメージを受けているんです。昔の話をすることは、2人にとって、容易ではない。だから、橋本を敵視しないで理解してほしいのです。難しいことかもしれませんが。
おや、修平君が起きたようだ。
私はもう戻ります。
どうか、修平君と話をしてあげてください。
言いたいことだけ言って、新道は消えた。薄暗い部屋に溶けるように。
私は言われたことをぼんやりと反芻したあと、忘れないうちにと思ってメールに打ち込み、所長と、一応佐加とヨギナミにも送った。佐加は『高谷ってそんなに具合悪いの?』と心配しているようだった。所長からは何も返事がない。今は駒さんが来てるから、二人で何かやっていてメールに気づかないのかもしれない。
そして、一番知りたい謎が解けていない。
俺はお前のせいで、今もピアノがやめられないんだ。
あの結城さんの言葉の意味だ。奈々子さんと関係があるはずの。でもあの新道という人は学校の担任だったらしいから、プライベートな細かいことまではきっと知らないだろう。知っているとしたら高谷修二なんだけど、今修平が話の出来ない状態だから聞けない。
私はまた悩み出した。最近いろんなことが起きるのに、物事は前に進むどころか悪くなっていってる気がする。夏休みなのに。
私は明日どうしようか考えた。
でも、いい考えは浮かばなかった。




